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第25話 飛行機に乗って仕事をする

「森本さん、先程はありがとうございます。今日、バディーです。宜しくお願いします」

「こちらこそ、宜しくね」

 彼女の名前はメンバー表で私より下にあるから、私の方が先輩だ。

 ブリーフィングをするということで航空機の先頭の方へ移動する。


 機長と副操縦士の方が挨拶をする。私は機長が一樹ではなかった事にがっかりしてしまっていた。私は彼に短い恋をしていたようだ。


 お客様が搭乗してきて、荷物の収納を手伝う。全員の搭乗を確認して、ドアをアームドにしバディーとダブルチェック。お客様の荷物があるべきところにおさまってるか、コンパートメントがしっかり閉まってるかの安全性チェックをする。


「森本さん、そちら私の区分です」


 私は左と右を一瞬間違えたが、細川さんに指摘して貰い事なきを得た。

 ジャンプシートに座り、飛行機が離陸すると私は問題なく飛行機に乗れている事に気がついた。飛行機に乗ったのは高校の時、イギリスに交換留学した時以来だ。

 シートベルト着用サインが消えたら、まずはギャレーに行きコーヒーメーカーのボタンを押す。カートの準備をして、飲み物サービスの時間だ。


 それが終わると、新聞や毛布を必要なお客様に配る。


「森本さん、私、機内販売行ってくるんで、おもちゃお願いします」

 ギャレーに戻ったところで、細川さんに声を掛けられた。


「了解です」

 私はおもちゃの袋からカゴに子供用おもちゃを出す。

妊婦さんと4歳くらいのお兄ちゃんがいる親子が目に入った。


「搭乗の記念に好きなおもちゃを選んでください」

 4歳くらいのお兄ちゃんは人気キャラクターの印刷された折り紙と、飛行機のおもちゃで悩んでいた。


「もう、早くしなさい! 折り紙で良いでしょ」

 お母様は周りにもお子さんが沢山いるので、自分の子供で時間をとっているのを申し訳なく思っているようだった。


「でも、飛行機も欲しい!」

「いい加減にしてよ! 弟が生まれたらお兄ちゃんになるのよ! わがままを言って困らせるのはやめて!」

 私は「どちらも欲しい」と言える男の子が羨ましかった。


「じゃあ、折り紙がお兄ちゃんの分で、飛行機が弟くんの分にしよう。一緒に沢山遊んであげてね」

「うん! 僕、弟と遊ぶの楽しみ!」

 私が折り紙と飛行機を男の子に渡すと、お母様に微笑みながら会釈をされた。


 沢山の親子が搭乗していて、私は色々な温かい会話ができ家族への憧れを募らせた。


 ギャレーに戻ると、細川さんが紙コップに入れたお茶をくれた。

「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたの」

 機内の湿度はとても低く、喉はカラカラだった。


「森本さんってスポット会話すごく上手ですね。私、お客様に富士山が見えますよとしか話しかけれた事がありません」

「褒めてくれて、ありがとう! 凄く嬉しい」

 私はルックス以外で褒められて、嬉しくて胸が熱くなる。


 その時、ギャレーのカーテンを引き、先ほど折り紙と飛行機を渡した4歳くらいの男の子が現れた。

 私はしゃがみ込んで彼と目線を合わす。

「どうしたの?」

「これ、お姉ちゃんにプレゼント」

 折り紙を差し出され受け取ると、裏に私の顔を描いてくれたのが分かった。


「こんな嬉しいプレゼント貰ったの初めて! 絵が凄く上手なんだね。可愛く描いてくれてありがとう」

「お姉ちゃんは可愛いよ」

男の子はそう言い残すと少し照れたような顔をしながら去ってた。


 後ろで見ていた細川さんが小さく拍手をする。

「森本さんって女子力凄いですね。今、確実に初恋を奪って行きましたよ」


「細川さんは語彙のセレクトが面白いね」

 私と細川さんは急速に仲良くなり、二人で協力しながらフライトを乗り切った。

 二本のフライトが終わり羽田に到着する。

 振り返りでチーフパーサーから問題なくフライトが終わったことが告げられると、解散になった。

 ロッカールームにたどり着いた時に、心臓を掴まれたような苦しさと吐き気が襲ってくる。

(元の世界に戻らなきゃいけないタイムリミットだ)



「大丈夫ですか? 森本さん!」

 私の異変に気がついてくれた細川さんが声を掛けてくれる。

「し、心配してくれてありがとう。ちょっと、頭痛がしただけだから大丈夫だよ」

 私は小走りで自分のロッカーまで行き、カバンに入っている小瓶をとる。

 ロッカールームの死角まで行き、錠剤を1つ飲み込んだ。


⋯⋯元の世界に戻ったら、隼人と縁を切って、仕事をしてちゃんとした生活を送ろう⋯⋯真智子に心配を掛けないような私になるんだ⋯⋯お金がなくても優しくて誠実な人と結婚して家族を作るんだ⋯⋯


 「飛行機に乗って仕事をする」という本来の私では到底達成できない事を成し遂げた私は、確かな自信を持てるようになっていた。

 自分の姿に戻って最初に見たのは、床に転がっている隼人だった。

「隼人⋯⋯」

「ルリ! やっと隼人って呼んでくれたね」

 前回と違い、吐き気や息苦しさもなく心は静かだった。

 私は落ち着いて、私を愛人にしたいというクズ男を見据えた。



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