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第22話 私を愛して慰めて

「私が並行世界について研究していることは知ってるよね。今、複数の並行世界があると推測されているけれど、その中の一つの世界への扉を開けるのに成功したんだ」

 突然、語り出した真智子の話は信じ難いものだった。研究途中の薬だが、それを飲むと並行世界の自分とコンタクトがとれるらしい。


「実際、私も並行世界の私と接触したの。私と同じ研究をしてて研究を進める上で有益な会話ができたよ」

「もう1人の真智子と話したの?」


 真智子によると、あちらの彼女は真智子よりチャレンジ精神旺盛な考え方をするらしい。彼女は理論上24時間は入れ替わりもできるとまで主張しているとの事だった。


「並行世界のもう1人のルリに相談してみるのはどうかな?」

 真智子の提案は魅力的だった。

 私は自分と同じ苦しみを抱えているだろうもう1人のルリに会いたくなった。


 真智子は薬の使い方を説明すると帰って行った。私は深呼吸して、早速小瓶から錠剤を一錠取り出して水と一緒に飲む。


 窓ガラスに黒髪ストレートの私が映し出された。ラブホ街で彼氏の浮気を発見したようで、口論になっている。もう一人の私は父とそっくりの性格をしていた。10年付き合った彼氏は彼女に必死に言い訳をしてるのに、全く話を聞かない。一度の失敗も許せず切り捨てようとしている。


 私とは全く違う人生を送っている彼女に私を理解はできないだろう。

 でも、私を捨てた父とそっくりな彼女に、今の私を認めて貰えれば何かが変わる気がした。

 私は入れ替わりに挑戦する事にした。並行世界が沢山ある中から、彼女を選んだと伝え特別感を出す。人生を交換できると伝えた後、24時間で元に戻る。その時に彼女に「戻りたくない!」と言ってもらえれば私の心は救われる気がした。


 彼女は今の状況に絶望しているようだから勝算はある。


 私は机の上に明日の予定を書き出しておいた。

 入れ替わりは本当に成功した。


 家を追い出されていないもう一人の私は、きっとあの時の彼と付き合っていない私だ。


 そう思うと電車に乗れる気がした。クローゼットを見ると、7年前の私が着てたような服ばかりで着用するのに抵抗があった。私は銀座まで行き、新しい服に着替えた。

 電車に乗れた事に感動して泣きそうになる。私はお酒にも挑戦したくなり、再び電車に乗り六本木まで来た。


 私は生まれて初めてBARに入る。

(メニューがない⋯⋯)


 BARのマナーを検索しようとスマホを出したところで声を掛けられた。

 「森本さん?」

 振り向くとそこにはジーンズとTシャツの上にジャケットを羽織った大人の男性がいた。

 誠実そうで優しそうな人だった。


「どちら様でしたっけ?」

「酷いな。フライト何回も一緒にしてるよ。TKL航空機長の園田一樹です」

 この世界の瑠璃が学者を目指さずCAになった理由が、私にはすぐ推測できた。


「嘘、嘘、覚えてますよ。カッコいい方だなっていつも見てましたから」

 私の言葉に彼は頬を染め手を口元を抑えた。


「お、俺も森本さん清楚で素敵な人だなって思ってたんだ」


 私はこの世界の森本瑠璃になって、彼と恋をしてみたくなった。褒め言葉一つに動揺するようなピュアな彼はきっと結婚したら妻を一筋に愛しそうだ。


「一樹さん、私、BARに来るのが初めてなんです。何か私にあうようなカクテル注文してくれませんか?」

 彼と距離を縮める為、名前で呼んでみる。

 明らかに彼が動揺するのが分かった。百戦錬磨のような男と7年も付き合った事で、私は男性への上手な接し方を学んでいた。


 今、私は性被害に遭っていない森本瑠璃。私が出来るはずだった普通の恋をできそうだ。

「で、では、マンハッタンを」

 私は彼が注文してくれれた赤いカクテルをライトにかざす。

「ふふっ、一樹さんの中で私ってこんな感じなんですね」


 大した事はいってないのに、彼は狼狽えいた。こんな風に私の一挙手一投足に心を揺らしてくれる男と付き合いたかった。

 私はいつも男に振り回されて来た。

 男とは得体の知れない生き物だ。

 須藤聖也が犯罪を犯すような男だとは私には分からなかった。

 真咲隼人は私を幸せにしてくれる王子様だと信じていた。


 マンハッタンを一口飲む。

 口の中に甘みと、おそらくこれがお酒という味が広がった。

(やった、私、お酒が飲めたんだ)


「お味はどお?」

「甘くて美味しいです。私の事そんな風に見てたんですね」

 私の言葉に一樹さんが真っ赤になってむせだす。彼の反応が面白くて仕方がない。いつも余裕の隼人とは正反対だ。

 自分が主導権を握っている安心感。

 それは今までの私の人生にはなかったものだ。

 私の人生の主導権はいつも父が握っていた。

 そして、今は隼人が握っていて、私は彼の道具。

 私にも感情があると知って欲しい。

 私の言葉に心を揺さぶられてくれる人が今目の前にいる。


「今日の瑠璃さんいつもと違うね」

 私は一樹さんも名前を呼んで距離を詰めようとしてきたのに気がつく。それに職場が一緒なだけで下の名前まで知ってるなんて、彼は元から森本瑠璃が気になってそうだ。

(羨ましい⋯⋯私も弄ばれるんじゃなくて愛されたい⋯⋯)


「一樹さんと仲良くなりたいから、頑張ってるんです」

「えっ? そっ、そんな急に!」

 何が急なのか分からないが、動揺している彼が可愛い。


「一樹さんのお酒も一口飲んでみたいです」

「どうぞマティーニです」

 お店の人みたいに差し出してくる彼がおかしくて、思わず笑う。

 口をつけると結構強そうなお酒の味がした。


「一樹さん、こんな強いお酒飲ませて私を酔わそうとしてます?」

「そんなつもりは⋯⋯」

「じゃあ、私に酔いたいんですね」

 一樹さんは私の言葉に顔を赤くしてオロオロし出した。隼人と毎晩のようにじゃれ合ってたせいで私もすっかり男女のやり取りに慣れてしまった。


「本当に今日はどうしちゃったの?」

「私、10年付き合ってた彼に浮気されちゃって、一樹さんに慰めて欲しい。そろそろここを出ませんか? 心が寒くて凍えそうなの。お願いだから私を温めて⋯⋯」

 目の前に現れた優しそうな男。私とは違う世界に暮らす2度と会うことはない人。

 私は気がつけば、そんな彼に短い恋をしていた。

 私の一挙手一投足に狼狽える彼を可愛いと思った。いなくなっても誰も気にしない私なんかの言動に動揺する可愛い人。

 隼人のような人を手で転がす余裕のない初心な男。

 彼の瞳には私しか映っていなくて、涙が溢れそうになる。傷だらけの私を愛して慰めて欲しい。

(2人だけの世界で溺れたい⋯⋯)

 頭がおかしくなっている私は別世界の男に手を伸ばした。


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