目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第20話 天国から地獄へ

 私は隼人が私を大切に扱ってくれた事に感動して泣いていた。 


「うっ⋯⋯ひっくっ」

「ルリ、ごめん、嫌だった?」

 彼が心配そうに私をギュッとしてくる。


「違うの。隼人が私を大切にしてくれて、愛してくれて嬉しかったの」

 私の言葉に彼は微笑んでくれた。

 私はその瞬間、彼をもっと喜ばせてあげられる恋人になりたいと思った。


 その日から、私は彼にもっと可愛いと思って欲しくて美容を頑張り始めた。夜のお作法は気持ち悪いのを我慢してAVを見て学んだ。私は隼人を喜ばせる為にできることは何でもした。

 忙しくしている時に連絡すると迷惑だろうから、自分からは電話をしないようにした。逆に彼が私の声が聞きたいと思う時は直ぐに聞かせられるよう電話をワンコール以内に出れるよう心掛けた。


 彼が私を訪問する時間は不定期だ。私は真夜中でもバッチリ可愛くして、万全の体制で彼を迎え入れられるように心掛けた。客観的に見れば自分から都合の良い女になっていると分かっていたが構わなかった。私にとって隼人を癒す事が最優先事項。彼の喜ぶ顔が私の頑張りへの報酬。


 何かを頑張ってないと気が狂いそうで、私は隼人との恋に全力を尽くした。初めての恋は甘くて、最悪な出来事を一瞬でも忘れさせてくれた。盲目的に隼人を求める事で、何もかも失った自分を顧みて苦しむ時間が減った。


 彼はほぼ毎晩のように私の部屋に帰ってきた。


「ルリー! 今日も疲れたよー! 癒してー」

 帰ってくるなり、私をギュッと抱きしめてくる彼が愛おしかった。

「お疲れ様、隼人!」

 私を見るなり、彼の目が輝き出す。この瞬間の為に生きている。


「髪色変えた? それにふわふわ巻いてて凄く可愛い! ルリに凄く似合ってる」

 隼人は私にふわふわした可愛い女の子であることを求めていた。

 私は彼の好み通りの格好や髪型に寄せていった。

「うん! こっちにも気づいてー!」 

 私はパッと手を開いて爪を見せる。


「ネイルも可愛い。ルリは本当にピンクが似合うなー」


 ネイルサロンは店員が根掘り葉掘りプライベートを聞いてくるので苦手だ。できれば行きたくない場所だったが、私はネイルを欠かさなかった。指に注目させれば、いつか隼人が指輪をプレゼントしてくれるのではないかと思った。隼人は何でもプレゼントしてくれたが、指輪だけはくれなかった。


 私は彼の愚痴をよく膝枕をしながら聞いた。若手有名社長としてテレビに出ている時は爽やかなのに、私の前では愚痴を溢してダークな面を見せてくれるのが嬉しかった。


「今日は、モデルのエリカと仕事の打ち合わせだったんだけど、遅刻して来たんだよ。信じられなくない?」


「遅刻する人って、人の時間を奪ってる事に気がつけないのよね」


「そうなんだよー。しかも時間守れない奴って色々緩いんだよな。絶対スキャンダル起こしそう。本当は起用したくないんだけど、人工ダイヤの宣伝だからいっかって感じ」

「人工ダイヤ?」


 隼人は私に手を伸ばし、頬を包み込みながら言った。隼人の手が温かくて私は頬を寄せる。私を隼人が愛おしそうに見つめてくる。彼の為なら何でも頑張れると私に勇気をくれる瞬間。彼に見合う女の子になりたいという気持ちが込み上げてくる。私には何もないけれど、彼を好きだという気持ちだけはある。その気持ちを頼りに私は不安定な精神を必死に保とうとした。


「ルリは天然のダイヤモンド。人工ダイヤっていうのは人工的に作られたダイヤで俺的には偽物なんだよね。エリカも顔いじってるじゃん、だからちょうど良いかなって」


 隼人は天然への拘りがある男だった。彼自信も優秀なだけでなくルックスにも恵まれている。女の子が誰もが恋をする王子様を具現化しなのが彼。そんな彼に見合うように私が精一杯の努力をするのは当たり前。


 私もは美容医療に頼らずに彼の為に綺麗になる事に拘った。食事制限をし、身体を鍛え上げ理想のボディーラインを作る。彼は私の変化に直ぐに気がついてくれて、「また可愛くなった」と褒めてくれた。


「ねえ、ルリ、僕の瞳に映った自分を見ながら、私は世界一カッコ良い彼氏がいる世界一可愛いモリモトルリですって言って」


「私は世界一カッコ良い彼氏がいる世界一可愛いモリモトルリです! はっ、恥ずかしいよー」


「そう? 言葉に出していると自信が湧いて来ない? 僕はルリが世界一素敵な子だと思っているから、もっと自信を持って欲しいんだ」


 私は隼人の為に自信のある美しい恋人になる努力をし続けた。

 隼人は出張の時も私を連れて行きたいと誘っできたが、飛行機という逃げられない乗り物に乗る勇気は彼の為を思っても出せなかった。隼人にだけは私にあった最低な出来事を知られたくなかった。須藤聖也なんて最初からいなかったと思いたかった。私が初めて恋して愛されたのは隼人。毎日のように自分の精神を安定させるように唱えた言葉。私はあまりにも隼人に依存し過ぎていた。


 そんな生活が6年続いたある日、隼人の一言で私は地獄に突き落とされた。

 その日もいつものように彼の頭を太ももに乗せて、今日あったことを私に報告する彼の髪を撫でていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?