私は真咲隼人に促されるままに『ジュエリー真咲』銀座本店の5階に来た。
光り輝くクリスタルのシャンデリアに目を奪われる。
エスカレーターで上がってきた4階までのモダンな内装とは異なり、中世ヨーロッパの宮殿のような内装でタイムトリップしたような心地になる。
「どうぞ、座って」
彼は王子様のように紳士的に、ジーンズ姿で場違いな私をお姫様扱いしてエスコートした。
彼が引いてくれた椅子にゆっくりと腰掛ける。
私と彼しかいない状況に心臓の鼓動が早くなった。
「真咲さん、すみません、私、心臓がドキドキしてしまって帰りたいです」
私は男性と2人きりという状況に未だ耐えられない。
窓ガラスから見える夜景が宝石の海のように綺麗で、目の前にいる男性がとても素敵なのに私の体が拒絶反応を示している。
「ルリさん、僕もドキドキしてます。触ってみて」
彼は急に立ち上がり、私に近寄って来て手を自分の胸に当てさせた。
「本当に凄い強い鼓動。苦しくないですか?」
「苦しいです。全部、ルリさんのせいですよ」
急に彼の顔が近づいてきて、私はまた怖くなって顔を逸らした。
「私、本当に怖いんです。もう、帰ってもいいですか?」
彼には変な女だと思われているだろう。
私も自分でも制御できない体を持て余している。
心臓が飛び出しそうなくらいバクバク鳴っていて、息が苦しくて仕方がない。
目の前の男がここで悪さをする訳がないと分かっていた。
きっと彼は優しい方なのだろう。
地位も名誉も持っている人間のノブレス・オブリージュ。
クリスマスに見窄らしく一人泣いている私に同情しただけ。
頭では理解しているのに、体が怖いと警笛を鳴らしている。
胸を抑えていると、グラスにワインを注がれた。
「私、お酒は飲めません!」
思ったよりも大きい声が出てしまい、自分の声にビクついてしまう。
あの時のオレンジジュースにはお酒ではなく睡眠薬のような薬が入っていたのだろうと今は思っている。
しかしながら、男性と2人きりの空間でお酒を飲む勇気は持てなかった。
「じゃあ、僕も飲むのはやめときます。ワインなんて飲まなくても、ルリさんの魅力に十分酔えそうなので⋯⋯」
私は今、聞いたことのないような恥ずかしいセリフを言われた。
真咲隼人が色気があり魅力のある大人の男性だから許されるセリフだ。
目の前に前菜が置かれるのが分かった。
パテにグリーンサラダが添えてある。
とても綺麗に盛り付けてあり、食欲がわいた。
パテは高級料理店でも冷凍食品を解凍して出したりされてがっかりすることも多い。しかし、ここのパテは見るからに料理人がプライドを賭けて作ったのが分かる。私はそんな食事を目の前に用意されて、帰るのが失礼に思えた。
「頂きますね」
私は小さく呟くと、ナイフで小さく切ったパテを口に運ぶ。
「美味しい⋯⋯」
思わず笑顔が漏れた。
「ルリさん、まだ僕のことが怖いですか? 僕が君の嫌がる行動をしたら警察に突き出してくれて構いません。僕はルリさんの今みたいな笑顔が見たいです。僕は君に惹かれているから⋯⋯」
真咲隼人が真っ直ぐに射抜くように見つめて来る。
「私の笑顔が見たいんですか? 私に惹かれているだなんて、私のことを何も知らないのに本気で言ってますか?」
私は大学中退して親にも勘当され、友達のお情けで居候になっている情けない女だ。目の前の何でも持っている男は私を弄びたいのだろう。須藤聖也が私を弄んで笑い者にしたように⋯⋯。
(男の人は怖い⋯⋯何を考えているか分からない⋯⋯)
「確かに出会って30分くらいですけれど、僕はルリさんを知ってますよ。美しいものを見て涙を流すような純粋な女性なこと。実は立ち居振る舞いがすごく綺麗なお嬢様であること⋯⋯」
「私はお嬢様じゃありません。大学も中退して、親にまで勘当されています。今は行く宛もなく友達の家に転がり込んでいるような情けない人間です」
食事をしている手が思わず止まった。
自分のことを話しながら、なんと最低な人生を歩んでいるのかと虚しくなる。父に言われた通り手を抜かず努力してきた。でも、一度の失敗で全てを失った。
(こんなはずじゃなかったのに、どうしてこうなっちゃったの?)
溢れそうになる涙を目に力を込めて必死に止めた。
「ルリさん、君が何と言おうと僕は自分が感じたものしか信じません。僕にとって君はダイヤモンドの原石です。どんなに隠しても君が自分を評価できなくても僕には分かってしまうんです」
彼は私の目ををじっと見つめながら語りかける。
きっと私はまた悪い男に騙されて、人生を台無しにするのだろう。
それでも良いと思えるくらい目の前の真咲隼人は獰猛な魅力があった。
デザートまで食べ終えた後に、またお皿が運ばれてくる。
そこには、ピンクダイヤモンドがふんだんに使われてリースのようになったネックレスがのっていた。
彼はその光り輝くジュエリーを手に取りると、私の後ろに回る。