また息が苦しくなり、その場にうずくまっているとチャイムが鳴るのが聞こえた。
(5限目に行かないと⋯⋯その前に病院? 警察?)
私は重い体を引きずりながら講堂に向かった。昨日の事は誰にも知られたくない。
(悪い夢だ。忘れろ⋯忘れてしまえ⋯⋯)
扉を開けた途端、皆が私を見て笑っている気がした。
バタン!
扉が閉まる音がして、また閉じ込められたような感覚に陥り息ができなくなる。私はその場に倒れて意識を手放した。
目を開けると見慣れない白い天井だった。
(病院?)
横を見ると、母が冷たく私を蔑むように見下ろしていた。
「やっと起きたのね。今、お父様を呼んでくるから」
母が病室から出るとしばらくして、力強い足音が近づいて来るのが分かった。これから起こることを予期したのか、恐怖で体が縮こまる。
病室の引き戸が勢いよく開き、怒り狂った鬼のような父が姿を現した。
思わず身を引こうとすると、胸ぐらを掴まれて頬を強く平手打ちされた。
「この恥晒しが! 今日、大学に講演に行って、私がどれ程お前のせいで恥をかいたか分かるか? お前はもう森本家の人間ではない。勘当だ!」
私は父が今日私の通う大学での講演予定があったことを思い出した。
「勘当?」
私は父の後ろにいる母に視線を送ると、目を逸らされた。
「大学は教育機関だ。お前のような売女が通う場所ではない。大学には退学届を出しておく! この先、何があっても私の名前を出すな!」
父はそう言い捨てると、もう一度私の頬を叩き出ていってしまった。
母も私を一瞥もすることなく、その後ろをついていった。
どれくらい時間が経っただろう。
呆然としていたら看護師さんが来て、もう退院できると伝えて来る。
「すみません、私、今、手持ちのお金がなくて、ここのお金を後日払いに来ても良いですか?」
「それは、もうご両親がお支払い済みなので大丈夫ですよ」
看護師さんの言葉に私は安心する。
支払いをしてくれたお礼を言おうと父に電話を掛けるも繋がらない。
今度は母に電話をかけたが繋がらなかった。
自宅にかけると、「もしもし」と母が出た。
「お母様、ルリです」
「あなたはもう、森本家の人間ではないと言ったでしょ。電話も掛けてこないでくれる? あなたが自宅に電話を掛けて来たことが知れたら、自宅の電話番号も変えなきゃいけなくなるの」
冷たい母の声に私は本当に勘当されたのだと悟った。
「病院のお金を払って頂きありがとうございました。今まで、育てて頂き感謝しています」
「手切金よ。恩を仇で返すような人間とは二度と顔も合わしたくありません」
冷たく切れた電話を前に私は涙を流す。
財布の中を見ると7千円しか入っていない。
私は行く宛がなく、友達を頼ることにした。
まずは、一人暮らしの佳奈に電話するが繋がらない。
次にグループの中では一番仲が良かった美香に電話したが繋がらなかった。
(着信拒否されてるんだ⋯⋯)
私は途方にくれながらも、病院を出た。
その時にスマホの着信が鳴る。
私は慌てて電話に出た。
「もしもし、ルリ? 大丈夫? なんか嫌な話を聞いて心配になって!」
電話先の声は高校の卒業式で別れたきりになっている、槇原真智子の声だった。
私は泣くのを必死に我慢しながら、自分の身に何が起こったのかを真智子に説明した。声がスムーズにできなくて自分の喉ではないみたいだ。「ゆっくりで大丈夫だよ」と真智子は声が詰まってしまう私に何度も言ってくれた。
「ルリ、今から直ぐに迎えに行くから、病院の前にいて! 30分以内には到着できると思うから夕日が沈むのでも見て待ってな」
電話を切ると、私は真智子に言われた通りベンチに座り夕日が沈むのを見ながら彼女を待った。
ちょうど、夕日が沈んだ頃に赤い軽自動車が私の前に止まって真智子が出てきた。高校時代と変わらない彼女の黒髪のショートカット姿に安心する。彼女は私を確認するなり、走ってきて私を力強く抱きしめた。
「ルリ、怖かったね! もう、大丈夫だから」
「真智子⋯⋯電話⋯⋯ありがとう」
真智子は私を車の助手席に座らせると、車を発進させた。
彼女が大学入学前の春休みに自動車運転免許を取ると言った時は、女の子が車を運転する必要はないのに珍しいとしか思っていなかった。
しかし、運転している彼女を見ると、自分でどこにでも行ける人という感じがして羨ましい。
「ルリ、私、今、一人暮らししているんだ。ワンルームだから、プライベートはあげられないんだけど一緒に住まない?」