私の言葉にルリさんが目を見開いて、ポロポロと涙を流す。
「どうして、そんな事言うの? 私、頑張って飛行機に乗ったじゃない?」
「何を言ってるんですか? お客様として搭乗するのと、乗務員として搭乗するのは訳が違うんですよ?」
ルリさんは急に胸を押さえてしゃがみ込み息苦しそうにし出した。
彼女の肩に手をやり顔を覗き込む。
「大丈夫ですか? ルリさん」
「全然、大丈夫じゃないよ!」
突然、突き飛ばされて驚いてしまった。
ルリさんの息遣いが荒く、今にも失神しそうで心配になる。
新人と組んで重大なインシデントもなく乗務をした彼女は、マニュアルを完璧に覚えたのだろう。私も記憶力が良い方だが、マニュアルは分厚く専門用語もあり一晩で覚えられる量ではない。
(必死だった? 何で?)
私は彼女の事を勝手にパパ活をやってるお気楽女子と勘違いしていた。真咲社長は「パパ」という年齢ではなく若い。それでも彼とルリさんの関係はお金を介する愛人契約にみえる。
彼女は私と同じように厳格な家で18年近く育っている。私と同様に婚前交渉にも抵抗を感じる価値観を持っていたら、今の彼女の生活は地獄だ。
私はこの時になって、ルリさんが出来心で交代をしようと言ってきたのではないと理解した。
彼女はもう1人の私。
(不倫、そんなものを好きな人から強いられたら⋯⋯)
「隼人にプロポーズされたの⋯⋯」
「良かったじゃないですか。ルリさんは愛人になるのが嫌だったんですよね。彼と結婚したかったんじゃないですか?」
私は彼女を落ち着けるように、ゆっくりと話しかける。
「彼が好きなのは私じゃない! 7年も彼の為に生きて来たのに!」
ルリさんは自分の頭をガシャガシャとかき混ぜている。
「7年もの一途な想いが通じたんですよ」
何を彼女が苦しめているのか理解できないが、かなり追い詰められていて心配になった。
「偉そうにしないで! 私と貴方なんて、あの時の男と付き合ったかどうかの違いしか本当はないのに! どうして、こうなっちゃったの? 誰も私を必要としてない。私の居場所は世界のどこにもないの⋯⋯」
ルリさんはそう呟き涙を流すと、その場に倒れ込んだ。