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第11話 ワンナイトの次は勝手に乗務?!

「今から私を抱くつもりですか? 真咲社長にとって私が月100万円で買った女ではなく、大切な女なら私から離れてください」


 私の言葉に意外にも真咲は私から離れた。


「金で僕が君を買ったと思ってるのか? 本当に? 愛してたのは僕だけか?」


「いやいや、真咲社長、あなた私を全く愛してなんていませんよね。愛していたら、もっと私を尊重するはずですよ。他の男と接するな? 電話は自分からしか掛けてはいけない? 一方的なルールで縛り付けて対等に扱ってませんよね」


 私の言葉に真咲はただ押し黙った。思い当たるところがあるのだろう。


「では、本当に邪魔なのでもうお帰りください。私は大河原麗香さんと貴方とはもう会わないと約束しているんです」


「大河原麗香は大手通販会社の社長令嬢だ。会社のメリットになるから結婚を考えていた。でも、彼女と結婚することでルリがいなくなるなら、俺は彼女との婚約は破棄する。ルリと一緒にいたい。利害関係なく愛せるのは君だけなんだ」


 私は遊び慣れたような男とは付き合ったことがない。

 遊び慣れた男はその場しのぎで平気で嘘をつくのかもしれない。

 ルリさんとの体の関係は手放したくないくらい魅惑的なものなのだろう。

 彼女はワンナイトで難攻不落の園田機長まで落としたのだから⋯⋯。


 園田機長のことを考えると気持ちが落ち込んできた。

 彼に惹かれている気持ちに気づくと虚しくなったし、もう、彼とは会えないかもしれない。


「ルリ? どうした? また、体調が悪いのか?」

「大丈夫です。もう、真咲社長は帰ってください」

「もう、僕に拒絶の言葉しか向けてくれないんだな」

 真咲が私を横抱きにして、寝室に運んでいこうとする。


「やめてください! おろしてください!」

 足をバタつかせるが、無駄な抵抗だった。


「ベッドまで連れて行ったら降ろすよ」

 私は真咲にベッドに横たわらせれた。

 隣に彼が横たわってきて抱きしめて来るので私は危機感を感じ、体が硬直した。


「そんなに警戒しないでくれ。僕を嫌いだと拒絶しないで欲しい。何がいけなかったのか情けないけど自分でも分からない」

「分からないなら、出てってくれますか? はっきり言って怖いです⋯⋯」

 彼にエレベーターで壁ドンされた時は力が強すぎて、本当に怖かった。

 今、ベッドに押し倒されて襲われたら力では叶わない。


「ルリ⋯⋯体調が悪いならこのまま眠って良いよ。ただ、僕は君のことは絶対に手放す気はない。本当に僕は君を愛しているから、信じてもらえるまで何度でも伝えるから」

 私は真咲の言い分に呆れながら、目を瞑った。

 彼は私を逃さないようにホールドしながら自分も眠ってしまったようだった。


♢♢♢


『はぁ、はぁ、交代の時間よ』


 苦しそうな女性の声が聞こえる。目を開けると、天井から必死に手を伸ばしている私がいた。

(えっ? 制服着てる⋯⋯仕事に行ったの? どうして、そんなに苦しそうなの?)


 私は慌ててベッドから立ちあがろうとするが、真咲が私に絡みついてて逃げられない。

 私は咄嗟に真咲を突き飛ばし、床に転がして天井に手を伸ばした。


 気がつくと空港のロッカールームにいる。

 時間を見ると、13時でちょうど早朝からの仕事が終わり着替えている途中だったと認識する。ルリさんはロッカールームの端っこの方の影になっているところで私と交代したようだ。

 私は自分のロッカーのところまで歩いて行った。

 ロッカーを開けて、中にある小さな鏡を見る。

 身だしなみ的にはスカーフも綺麗に結べてるし、問題ない。


 周りを見ると業務終了したCAや、これから業務に携わるCAが忙しなく着替えをしている。私にとっては見慣れた光景だ。

(ルリさんは、滞りなく仕事を完了できたのかしら⋯⋯)


 私が着替えを始めようと制服を脱ぎ始めると、小走りで私に駆け寄ってくる若いショートカットの制服姿の子が来た。左胸に付けているネームプレートには「細川」とある。記憶を呼び覚ますと、確か彼女とは二、三回くらいフライトをしたことがある。新人の子だが挨拶をする程度の仲だったはずだ。


「森本さん! 頭痛薬カバンに入ってました。良かったら使ってください」

 私に頭痛薬を差し出してくる彼女に思わず首を傾げてしまう。

 私は胸ポケットに入っている、今日一緒にフライトをしたメンバー表を見た。

 細川さんは「R3」担当で、私が「L3」とあるから、今日バディーを組んでいたのだろう。


「もう、大丈夫。ありがとう、頭痛は治ったんだ。あのさ、私って今日何かヘマしなかった?」

 恐る恐る彼女に尋ねると、彼女は軽く吹き出した。

「間違えて私の担当箇所を安全性チェックしたりはしてましたけど、体調が悪かったのだから仕方ないですよ」

 彼女の言葉に心臓が凍りつく。

 自分の担当区分を間違えるなんて、新人でもありえないミスだ。


「ごめん、本当に迷惑掛けたよね」

「とんでもない! プリブリの時は庇って頂きありがとうございました。また、ご一緒できるのを楽しみにしてます」

 細川さんは私に頭を下げると、嬉しそうに手をひらひらさせて去っていった。プリブリとはプリブリーフィングのことで、機内に行く前に地上でCAだけで行うブリーフィングのことだ。チーフパーサーが中心となり当日の航路や天候の確認や、気をつけるべきこと。そして新人がマニュアルをちゃんと覚えているかのチェックなどが行われる。

(庇う? なんかバトルでもあった?)


 私は思わずその場に蹲った。

 ルリさんは仕事を舐めているのだろう。

 CAの仕事は空のウェイトレスに見えるかもしれないが、何か起きた時の保安要員としての役割こそが重要なのだ。

 こんな風に遊びのように人生を交換して、機内で重大なインシデントが起きたら取り返しのつかないことになる。

 自分のロッカーのハンガーに掛かっている私服をとると、50万円以上はしそうな高そうなブランドもののワンピースが目に入った。

 まるで私の服を安っぽくて着られないと見下されたようで腹が立つ。

(男から金を貰って暮らしているくせに⋯⋯)

 しかも、おそらくこの服は私のカードで買ったものだろう。 あんな風に男に飼われているような生活をしているから人のお金を使うのに抵抗がないのだ。

 私はもう一人の自分であるルリさんに嫌悪感が湧いていた。


 淡いクリーム色の清楚なワンピースに着替える。

 ルリさんのクローゼットは淡い優しい女性的なワンピースが多かった。

(どうせ、真咲社長の趣味に合わせてるんでしょ! 安っぽい女)


 この人生交換の仕組みがいまいち分からないが、今回も約24時間だった。ルリは最初の時に「1日体験」と言って私と人生を交換したが、実際は24時間交代するのがギリギリなのではないかと思ってきた。


(浮ついた生活しているような子だしな、言ってる事も信用できないわ)


 イライラしながら関係者出口から出る。

 そこには空港線へ降りる階段が見え、お土産店に多くの人が行き交う見慣れた羽田空港の風景があった。

 そして、残念な事に私にとって会いたくない男である元彼の冴島傑が待ち構えていた。









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