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第10話 束縛社長との攻防

 真咲は私のカバンの中から鍵を取り出し、マンションの居住スペースの入り口の扉を開いた。

 エレベーターに乗って、また鍵を近づけると38階のランプが点灯する。

 セキュリティーが何段階にもなっている仕様でも、このように強引に鍵を奪われて強く手を引かれたら意味がない。


「真咲社長! 手を離して頂けませんか? もう直接お会いすることはないと婚約者の方とお約束しました」

 私の言葉を聞くなり、エレベーター内の壁に体を叩きつけられた。

(これは壁ドン? 私には暴力にしか感じない⋯⋯)


 父親から暴力を受けている記憶が蘇り、心臓が苦しいくらい早く鼓動を打ち始める。

(よく、こんな男と付き合ってたわね⋯⋯ルリさん)


「ルリ! 他の男とは接触しないって約束したよな」

 マンションのロビーはガラス張りだから、私が柏木さんに送って貰ったのが真咲からは見えたのだろう。


 真咲が私を射るような目で言ってくる言葉の可笑しさに、頭の中で突っ込みが追いつかない。

「すみません。離して頂けますか? 人類の半分は男性なのに男と接触しないなんて不可能でしょ。自分で言っていて可笑しいとは思いませんか?」


「こないだから、どうしたんだ? そんな皮肉をいうような女じゃなかったのに」


「真咲社長には私の言葉が皮肉に聞こえるんですか? 私は当たり前のことしか言ってませんよ。ちなみに自分は結婚して、その上、他にも女がいるのに私を平気で束縛してくるんですね。私、あなたみたいな偉そうに支配してくる男が世界で一番嫌いですっ!」


 私は思いっきり彼を突き飛ばし、バッグを奪い取る。ちょうど38階に到着して、私は慌てて部屋まで走る。

 後ろから私を追っかけてくる足音がして本当に怖い。


 急いで部屋の鍵を開けたのに、真咲に追いつかれて後ろから部屋に入られてしまった。


「ルリ! 本当にどうしたんだ。この間、マンション名義を変更した事を知らせに行った時は体調が悪いって言って僕を追い返すし⋯⋯どうして、急に僕を拒絶し始めたんだ?」

 両手で頬を包まれ、真剣な目で伝えてくる真咲の言葉は全く私の心に響かない。それにしても私と入れ替わる時のルリさんは元気そうに見えたが、体調を崩していたらしい。

「理由をわざわざ説明しなければいけませんか? なぜ、この状況で自分が拒絶されるのかも理解できないような男とは関わりたくないんです」

「ルリ⋯⋯」

 真咲は私の首に手を伸ばし、自分のズボンのポケットから出したハート型にカットしてあるピンクダイヤモンドのネックレスを付けてくる。


「ルリは本当にピンクダイヤモンドが似合うね。君は僕に変わらぬ永遠の愛を捧げてくれるんじゃなかったの?」

 彼は柔らかく囁くと私の顔に自分の顔を近づけてきた。

(キスでもして誤魔化すつもり?)


 私は彼の顔を思いっきり平手打ちした。


 彼は驚きのあまり私から一歩離れて頬を抑えている。


「私は暴力が嫌いです。でも、真咲社長を見ていたら殴りたくなりました。なんでも自分の思い通りになると勘違いしないでください。お帰りください。私も近い内にここを出て行くつもりです」


 私は玄関で佇む、彼を無視して部屋に入った。

 手を洗ってうがいをしてリビングに戻ると、なぜか真咲はソファーに座り込んで頭を抱えている。

 私は彼の存在を無視して、カバンから300万円入った封筒を取り出し床に一枚ずつ丁寧に並べ始めた。

 アイロンを使ってなんとかしようと思ったが、この家にアイロンがないのを思い出す。高い服ばかりだから、全てクリーニングに出しているのだろう。

 私はドライヤーを使ってお札を乾かす。


「どうして大河原麗香に慰謝料を払ったんだ?」

 後ろから真咲が静かに問いかけて来る。


「私は確かに真咲社長の婚約者である大河原麗香さんに謝罪と慰謝料の支払いをしました。しかし、慰謝料の300万円はご覧の通り手元に戻ってきています。ご希望なら乾かしたこの300枚の一万円札を封筒に入れるので、真咲社長から大河原麗香さんにお支払いください」

 彼女への直接謝罪は済んだし、お互いにもう会いたくないだろう。


「本当に僕とは別れるつもりなのか? ルリにとって僕との繋がりはそんなに簡単に切れるものなのか?」


「もう、私は真咲社長とは別れてます。そこにあるバッグに財布が入っているので財布ごと持って帰ってください。真咲社長のカード類が入ってますから」

 私たちは目を合わせることなく会話を続ける。


 しゃがみ混んでいる私を真咲社長が後ろから抱きしめてきた。

 高そうなコロンの匂いに包まれる。

「ルリ⋯⋯どうしたら、可愛い君が戻って来るんだ? 最近の君は悪魔に取り憑かれたみたいだ」

 私の髪に顔を埋めて手を回してくるが、微妙に手が胸に当たっている。本当に嫌らしい最低な男。


「真咲社長、あなたに都合の良いルリはもう戻って来ませんよ。ご理解頂いたら帰ってください」

「理解できないから、帰らない!」

 駄々っ子のような言葉を繰り返し、私への拘束を強めてくる彼には呆れるしかない。


「すみません。今、私が何をしているか見えてますか? 正直言って邪魔です。ここにいたいのなら、お札の皺を伸ばす手伝いでもしてください」

「分かった⋯⋯」

 なぜか素直に私から離れて真咲隼人はお札を伸ばす手伝いを始めた。私は彼の事が全く理解できなかった。


「提案があるのですが、このマンションの部屋を私から買い戻しませんか? そうしたら、通い慣れたこの部屋を他の愛人に回せますよ」


「本当にどうしたんだルリ⋯⋯まるで、金の亡者になってしまったみたいだ⋯⋯」


 月100万円のお小遣いをもらって彼と付き合っていたルリさんの方が金の亡者に見えるが、彼はルリさんが純粋に自分を好きで付き合ってたと思ってそうだ。金の亡者と罵られても、こちらは別世界で新生活を始めなければならないのだからなりふり構ってはいられない。


「真咲社長は7年間も散々私を弄んできましたよね。その苦痛の時間をお金に変えようと思っているだけです」


「弄んでなんていない。僕のルリに対する気持ちはいつだって本気だった。本当に今話しているような事をルリは僕と接して感じてたのか? 僕との時間は苦痛だった? ルリは疲れた僕をどんな時も笑顔で迎え入れてくれた。君にずっと救われて来たんだ。僕が愛しているのは君だけだルリ」


 私は気がつけば広げたお札の海の上に押し倒されていた。


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