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第8話 突然の慰謝料請求

 私はまたルリさんの部屋にいた。


 森本瑠璃として頑張ろうと傑との関係も整理したのに、私はこちらの世界のモリモトルリとして生きなければならないのかもしれない。

 ルリさんは怒っていて、今度はお試しとは言わなかった。

 私から彼女と交換する手段が分からない為、覚悟を決めなければならない。


 自分の身なりを見ると美しいピンクベージュのウェーブ髪にメリハリのきいた魅惑的な体をしている。最初こそ彼女のルックスに身惚れたが、彼女の生活を知るとそれは軽蔑に変わり始めていた。

(やっている事はいわゆる港区女子? パパ活している女みたいな子だよね⋯⋯)

 厳格な家で育てられただろうルリがなぜそのように堕ちてしまったのか不明だ。


 リビングテーブルを確認すると、特に予定表みたいなのは置いてなかった。 私はサイドテーブルで充電中のスマホのスケジュール帳を確認する。今日もパーソナルジム、エステ、ネイル、美容院と似たような予定が並んでいる。

(なんの為にこんな繰り返しの生活を⋯⋯)

 彼女の行動は全てこの白金にあるマンションの徒歩圏で完結する。全てを美容の為に費やし部屋で真咲隼人を待つという異常な生活だ。

 正直、肉体労働とも言え、休日は部屋でグダっとしているだけの自分のCA生活の方がメリハリがありマシに思えた。


 ピンポン!

 インターホンが鳴り、液晶モニターを見ると郵便局員のような人が立っていた。

 「今、開けます」

 タワーマンションは二段階セキュリティーのようで、今、開けたのはマンションの住居スペースの入り口だ。

 私は、慌てて人を迎えられるような格好に着替えようとクローゼットを開けた。淡いピンクや水色のレースのワンピースや、大きな花柄のワンピースなどいかにも男が好みそうな服が並ぶ。

 確かにルリさんには似合うが、私はあまりそう言った明るい色の服を着ないので落ち着かない。

 一番地味そうなネイビーのシャツワンピースに着替えると、もう一度インターホンが鳴った。



「はい! 今、開けます」

 玄関の扉を開けると、郵便局員と思われる男性が立っていた。

「書留です。サインをお願いします」

「はい」

 私は自分の名前をサインしながら、改めてルリさんがもう一人の私なのだと自覚した。


 受け取った書類を見て私は驚愕した。

「内容証明⋯⋯」

 書類の内容は真咲の婚約者大河原麗香からの慰謝料請求だった。

 大河原麗香と真咲隼人は1年間婚約していたらしく、その間、真咲とルリとの不貞行為が21回確認できたということだ。今後、真咲隼人と接触しない約束をし、大河原麗香への直接謝罪と慰謝料300万円を支払う事が要求されていた。


 私は記載している連絡先に電話する。


 ワンコールで相手が出た。

「もしもし、モリモトルリと申します。今、内容証明を受け取りました。直ぐにでも直接謝罪と慰謝料のお支払いをしたいのですが⋯⋯」

『私は大河原の弁護士の飯塚と申します。今、隣に本人がおりますので少々お待ちください』


 大河原麗香さんという方はきっと真咲隼人の会社の利益になるお嬢様なのだろう。政略的な結婚でも幸せになれると信じていただろうに、ルリの存在を知り傷ついているに違いない。


 私は待っている間、300万円をどう作ろうか考えていた。

 財布に入っているカード類は真咲の口座のものだ。

 彼と別れた以上、彼のカードを使う訳にはいかない。

 私はウォークインクローゼットにあった、お店のように並ぶブランドバックの数々を売る事にした。私の知る限り、明らかに新品で1個100万円以上はするブランドものだ。ほとんど使用感がないようなものばかりだったし、4個くらい売れば300万円くらいになるだろう。


『もしもし、大河原が14時から、銀座ストリングスカフェで会うのはどうかと申しております』

 時計を見ると13時だ。

 新橋か銀座あたりの質屋でバッグを売って、お金を作って迎えば間に合うだろう。お金や謝罪で許されるとは思っていないが、できる限りの誠意を見せたいと思った。

「はい、分かりました。宜しくお願いします」


 私は急いでウォークインクローゼットに向かい、ネットでの買取価格と照らし合わせながら余裕を持って350万円くらいになるように4個のバッグを選ぶ。

 姿見で確認し、自分の格好が謝罪する場に相応しいか見定める。

(ワンピースじゃなくて、もっとかっちりした格好が良いんだけどな⋯⋯)

 もう、一度クローゼットの服を物色するが、どう見ていも今着ているネイビーのワンピースが一番マシだ。

 私は時間がないので、そのままの格好で急いで最寄りの白金台駅に向かう。驚くべきことに私の世界と駅の内装までそっくりだ。

(本当に並行世界なんだ。)


 待ち合わせ場所付近の質屋にバッグを持ち込むとがっかりの判定だった。

「250万円になりますね」

 バッグは中古だから減額されるとは思っていたが、見た目は下手したら一度も使ってないかもしれないくらい新品同様だ。


 明らかに鑑定人の人は「すごいバッグ来た!」とばかりに目を輝かせていたからもっと良い買取価格のところはある気がする。

「調べたら三百五十万円だったから持ってきたのですが、他に持って行きますね」

 私がバッグを持って帰ろうとすると、鑑定人が慌てだした。


「このバッグ! 限定色なので、プラス50万円です。訂正させてください。買取価格は全部で300万円でした」

 なんだか、とても胡散臭いが時間がないので、三百万円を早めに作ることを優先した。

「じゃあ、300万円で売ります」

 ホクホクした顔でバッグを受け取る鑑定人にボラれた感は否めないが、モリモトルリになりきり大河原麗香へどう謝罪するかを考え始めていた。

 私がした不貞行為ではないが、これからモリモトルリとして生きるのであれば彼女の過去も私が受け入れるべきだ。


 小走りで銀座ストリングスカフェに到着する。

 私が入り口に立った途端、店内の奥の席に座る弁護士バッチをつけた男性と、一目で分かるようなブランド服に身を包んだ気の強そうな女性が立ち上がった。

(先方はモリモトルリの顔を知ってるんだもんね)


 私は慌てて、女性の前に近づいて頭を下げた。

「モリモトルリと申します。大河原麗香様、この度は私の軽率な行動でお心を傷つけてしまい申し訳ございませんでした。こちらは慰謝料の300万円です」

 分厚い封筒を彼女の目の前に差し出す。


 赤い爪をした彼女の指がその封筒を取り上げるのが見えた。

「いらないわよ! こんな、はした金! これは貴方の大切な花代なんじゃないの? この売女が!」

 クスクスと馬鹿にしたような女性の笑い声がする。

 下げた頭の上からお札が降ってくるのが分かった。

 驚きのあまり顔をあげると、今度は冷たい水を顔面に浴びた。

 グラスが床に落ち、飛び散った破片が私の足のふくらはぎ辺りを傷つけたのが分かった。





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