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第6話 難攻不落の男からの突然のアプローチ

 私は園田機長の熱い抱擁から身を捩り逃れようとしたが上手くいかない。


「手を離してください⋯⋯私、園田機長とお付き合いすることは難しいです」

 私が静かに囁いた言葉に反応するように、ようやく拘束が解けた。


「でも、心配なんだ⋯⋯。森本さんが、昨日みたいに違う人格になってしまって他の男と同じような事をすると思うと耐えられない!」

「もう、その心配はないと思います」

「どうして、そう言い切れるの?」

「⋯⋯」

 園田機長は私の言葉に全く納得がいっていないようだった。

 私も説明できる訳がなく困り果ててしまう。


「小松菜のスムージー美味しかったです。私は、もう行きますね」

「家まで送るよ⋯⋯」

「23区外ですよ。遠いです」

「森本さんと沢山話したいから、遠ければ遠い程嬉しいかな」

 にっこりと微笑まれて、またときめいてしまった。

 仕事中に見る彼はいつも割と無表情だ。

 無表情に淡々と仕事をする姿が素敵だったが、人間らしく表情を変えるところも魅力的に見える。


 彼が惹かれているのが私なら良いと頭の片隅で思うが、彼が惹かれているのは間違いなく別世界のモリモトルリだ。

 結局、流されるがままに地下の駐車場に連れられ彼のシルバーの外車に乗り込んだ。

(ここからだと1時間くらいはかかるかな⋯⋯)

 園田機長は私の知っている中で車の運転が一番うまかった。停車する時に、スッとした感じに止まり体への衝撃がない。傑は運転中はやや性格が荒っぽくなる上に、ブレーキが急になりがちだ。航空機のパイロットと商社マンの運転技術を比べている自分に笑いそうになる。

(いや、違う⋯⋯私、園田機長と元彼の傑を比べてるんだ⋯⋯)

 園田機長と私は恋仲でも何でもないし、彼が惹かれているのはルリなのに馬鹿馬鹿しい。


「三鷹から羽田に通うのは大変じゃない?」

「実家が一人暮らしを許してくれなくて⋯⋯」

 先程の父との電話を聞かれた事を思い出し、私は恥ずかしくなってきた。

 園田機長にも私の家の異常性がバレてしまった。


「森本さんが可愛くて仕方がないんだろうな。悪い男に引っ掛からないで欲しいって思う親御さんの気持ちは分かるよ」

「そういうのではないと思います。私も来年には30歳ですし、できれば実家を出たいです」

「じゃあ、俺と結婚して実家を出るのは?」

 私は突然の提案に顔を思わず顰めた。

「もう、そういう冗談やめてください⋯⋯」

「ごめん⋯⋯そういえば、森本さんってステイの時は何をして過ごしてるの? 観光とかする人?」

「もう、勤続7年なので流石に観光はしません。大体ホテルで本を読んでいます」


 私がステイ先に行くたびに観光をしていたのは最初の1、2年だけだ。そしてCAは離職率が高く、同期は寿退社などで今は殆どいない。フライトの時は自分より若い子が増えたので居心地が悪く、部屋で本を読むことが増えた。


「本を読むのが好きなんだ。どんな本を読むの?」

「小説とかですかね。物語が好きです」

 私と傑の付き合いには10年に及ぶ物語があった。

 同じ大学の顔見知りから始まり、友達になり、恋人になり、婚約者になった。

 私はそういう物語がある関係に安心を感じていた。

 目の前の園田機長とは業務以外で会話もしたことがなかった。その上、ワンナイトからはじまる恋みたいなのは私には合わない。


 私はまた園田機長と傑を比べている事に気がついて落ち込んだ。

 それからも園田機長は私に沢山質問をしてきて、私に興味があるような感じはくすぐったかった。でも、ルリさんがいなければ彼とこんな風に会話をする事は一生なかったと思うと、彼といる今も『私の物語』ではない気がした。


 東京の道路が混雑していたこともあり、2時間掛けて実家に着くと実家の前には会いたくない2人が待ち構えていた。


 私の元婚約者の傑と彼の浮気相手の桃華さんだ。

(なんでいるの? いつから? 婚約破棄の慰謝料を支払いに来たんじゃないよね)


「もしかして、浮気した元カレ?」

「はい⋯⋯」

 私はこれ以上ないくらい恥ずかしい気持ちになって俯いた。

「大丈夫。俺がついてるよ」

 園田機長は私の手を握り、車から降ろした。

 できれば、彼にはこのまま帰って欲しいのだが、ここまで2時間の道のりを送って貰った手前拒絶することができない。


「あっ、あの⋯⋯園田機長、私一人で大丈夫ですよ」

 私の精一杯の抵抗は彼に微笑みで返された。


 傑は私に近づいてきて、その後ろを面倒そうに桃華さんがついてきた。

「瑠璃、いったいどこに行ってたんだ? 結構待ってたんだぞ。急に着信拒否とか酷すぎないか? 今日は瑠璃の誤解を解きにきたんだ。確かに俺と倉橋桃華さんは間違いをおかしかけたけど未遂に終わっている。瑠璃が疑っている関係ではない」


 私は傑の態度に呆れてモノが言えなくなった。

 たとえ未遂に終わってるのが本当だとしても、私に見つからなければ関係を持っていたということだ。


 傑への想いは既に終わっていた。

 そもそも私は結婚したかったのではなく、実家から逃げたかっただけだ。

 新しく作る家庭でも悩まされるのは絶対嫌だ。

 それならば実家から何とか出て、一生独身を貫いた方がよっぽど心の安寧が保てる。


 私が傑を追い返そうと口を開こうとするより先に、園田機長が口を開いた。


「初めまして。目が悪いのか俺の姿が見えないようですね。TKL航空会社でパイロットをしております園田一樹と申します。森本さんとは結婚を前提としてお付き合いしていて、貴方とは別れたと聞いております」


 私は自分が傑と桃華さんから慰謝料を取る計画が消滅した事と、園田機長の発言の意味の分からなさに驚愕した。

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