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第5話 勝手にワンナイトしないで!

 明らかに対等ではない真咲とルリの関係が気持ち悪い。それを当たり前のように真咲は思っている。もし、ルリさんがもう一人の私なら耐え難いはずだ。私は自分でも嫌になるくらいプライドが高い。


「私は、真咲社長のこと好きではありませんし、不倫なんて不適切な関係は真っ平御免です。このマンションは私へのプレゼントですよね。名義はちゃんと私になってるんですか?」

「名義は当然、僕の名前だよ」

「それなら、可及的速やかに私の名義に変更してください。このマンションを手切金として受け取ります」


 私はこの世界でモリモトルリとして生きる人生計画を練っていた。

 このマンションの部屋は調べたら、今なら2億6500万円程で売却できる。

 この部屋を売って家賃13万円くらいの部屋に引っ越す予定だ。


「手切金って⋯⋯ルリ、僕と別れてどうするつもり?」

 真咲の小馬鹿にしたような笑いに苛ついた。

 こんな嫌味な男はいくらお金を持っていても、私の人生に必要はない。

「仕事をするに決まってますよね。私は英語とフランス語と中国語ができるので、通訳や翻訳の仕事にでも就こうかと思います。接客経験を活かした職業も良いかもしれません。他人になる真咲社長にご心配頂く必要はありませんよ」


 真咲は急にリビングソファーに移動し頭を抱え出した。

「ちょっと待って⋯⋯ルリはお勉強が苦手で大学中退したんだよね。そんなに語学堪能なの?」

 私は違和感を持った。

 ルリの両親が私の両親と同じならば、教育虐待ともいえるくらい厳しい教育を受けてきたはずだ。私は中国語は大学に入ってからマスターしたが、英語とフランス語は高校までに身につけている。高校では成績優秀で短期の交換留学生にも選ばれている。勉強が苦手だと思ったことは一度もないし、あの家で勉強を苦手だと言って勉強をしない事が許されるとは思えない。


「それは、真咲社長が足りない女の子が好きみたいなので合わせていただけです。バカな女の子を飼って優越感に浸って楽しむなんて、趣味の悪い男ですね。マンションの名義の件は納得がいかないなら結構です。とりあえず、顔も見たくないので出ていってください」


「ルリ⋯⋯どうしたんだよ。そんな棘のある言い方⋯⋯まるで別人だ。マンションは君の名義にするよ。君の欲しいものは何だってプレゼントしてあげるし、これからだってそうだ」


 私の手を引き、ソファーに座らせようとしてくる彼の手を叩いた。

「とりあえず勝手に部屋に入ってこられるのは怖いので、合鍵を置いていってください。それから、今後のやりとりは書面でしましょう」


「嘘だろ! ルリ! 僕たちは7年も楽しくやってきたじゃないか」


「楽しかったのは真咲社長だけですよ。いつ来るかも分からない男を待つ生活が楽しい訳ないでしょ。7年も付き合ってきた女に愛人になれとか言える自分の身勝手さを反省してください。奥さんにはどうか誠実にね」


 私は真咲社長が左手に持っていたキーケースから、マンションの部屋の鍵を外して回収した。


「出て行かないなら、私が引きずり出してあげましょうか」

「いや、出ていくよ。ちょっと、ルリも頭冷やして⋯⋯また、日を改めて話し合おう⋯⋯」


 真咲は明らかに戸惑った表情をしながら、部屋から出ていった。私はすかさず部屋のロックをかける。


 とても清々しい気分だった。

 森本瑠璃として10年付き合った恋人がクズで人生を詰んだと思っていた。

 でも、今なら元の世界に戻っても前向きにやっていける気がする。

 モリモトルリを経験した事で、人生には色々な選択肢があると実感できた。

 このまま、ここでルリとして生活することになっても私は大丈夫だ。


 東京の極上の夜景を見ながら食事を食べて、お風呂に行くとまたそこから夜景が見えた。

 とても贅沢だが、毎日だと飽きそうだ。

 しかも高いところからの風景は飛行機から何度も見ていて、目新しくも何ともない。

 私はルリのスケスケのネグリジェに着替えて、ふかふかのベッドで眠りについた。


♢♢♢


『起きてくださーい! 人生交換体験終了のお時間でーす!』

 ルリの甲高い声がして、あたりを見回す。

「えっ? どこ?」

『目の前! 窓を見てごらんなさいな』

 窓を見ると長い黒髪ストレートの森本瑠璃が映っていた。

 私のはずなのに、物凄く色気があるように見える。

(あれっ? 裸にシーツ巻いてる? 背景⋯⋯どこ?)


『どうだった? 私と人生交換する気になった?』

「いや、私はやっぱり自分が29年間生きてきた人生を大切にしたいかな」

 私の言葉に一瞬、彼女の顔が曇った。

 彼女の人生も私から見れば今まで生きてきた世界を捨てる程、悪いものには見えなかった。


『分かった⋯⋯。元カレより良い男捕まえといてあげたから感謝してね。じゃあ、もう会うこともないけど⋯⋯バイバイ』

 暗い声で窓から手が伸びてきて腕を掴まれ取り込まれる。

 気が付くと私は黒髪ストレートの森本瑠璃に戻っていた


(戻った⋯⋯ってここどこ? また、すごい部屋だな)

 おそらくルリの部屋と同じくらいの高さの部屋だ。東京タワーも見えるから港区辺りだろう。


「瑠璃、起きたんだ。昨晩は本当に楽しかったね。今日はお互い休みだし早速婚姻届を出しに行こうか」

 私は後ろから自分が男に抱きしめられているのに気がつく。

(なんか、この声聞いたことある!)


「園田機長?」

「また、その呼び方に戻っちゃったの? 一樹で良いよ。俺の可愛く淫らな奥さん」


 窓ガラスに映っているのは、フライトで20回くらいは一緒になったが業務以外で会話はした事がないパイロットの園田一樹だった。

(職場の人とワンナイト? 詰んだ⋯⋯)


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