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第3話 もう1人の私の優雅な生活

 私は傑としか付き合ったことがないし、少しだけ好奇心が湧いてしまった。


「決まりね! じゃあ、行ってらっしゃーい!」

「えっ!」

 考え中の私を無視して、ルリさんが私を姿見の方に押した。

 ぶつかると思った瞬間、私は鏡の中に吸い込まれていた。


「何、この部屋! 凄すぎ!」

 目の前に広がっているのは20畳くらいありそうなリビングだった。

 角部屋で窓からは東京タワーが見下ろせる。


 自分が出てきただろう鏡を叩くと、私を吸い込んでくれる気配はない。

(どうやって戻るの?)

 鏡に映っているのはボサボサの黒髪で泣き腫らした私ではなく、美しい巻き髪のルナだった。


 リビングテーブルの上には『今日の予定』と書かれた紙がある。

⋯⋯9時 パーソナルトレーニングジム

⋯⋯11時 エステサロンムーンでフェイシャルとボディー

⋯⋯14時 ネイルサロンルミナ

⋯⋯17時 美容院ライムでトリートメント


⋯⋯場所の詳細はスマホで確認すること。食事は炭水化物は禁止。水は必ず常温のものを口にすること。立っている時は常に骨盤底筋トレーニングを心がけること。


⋯⋯真咲への連絡は自分からは禁止。電話が来た時は、ワンコール以内に出ること。


⋯⋯彼は20時くらいから翌朝4時までに来る可能性もあるが、来ないこともある。来たら必ずセックスして彼を満足させること。


 私は箇条書きで書かれた紙の内容に固まるしかなかった。 

 私はルリさんが普段どんな暮らしをしているのか、彼女のスマホのスケジュール帳でチェックした。


 毎日、テーブルの上に置いてあった予定表と同じような事を繰り返している。

 体作りと美容に1日を費やして、後は恋人の真咲隼人を部屋で待つという日々。

 クローゼットを開けると高価なブランド服が並び、シュークローゼットも同様に有名ヒールの高い靴がまるで店のように陳列されていた。

 その全ては女の子なら胸が躍るような風景なのに、私の気持ちはなぜか沈んでいった。

 正直、休日はゴロゴロして過ごしたいが、『パーソナルレッスン』というものが誰かのスケジュールを押さえてしまっているもののような気がして私は彼女の指示通りにジムに行った。


 パーソナルレッスンというのは、男女が絡み合って体を鍛えるものなのだろうか。

 私は他の顧客のレッスン風景を見て引いてしまった。男性トレーナーがベッタリとリッチそうな女性について柔軟する様子を見て私は気持ち悪くなった。 いやらしい目的ではなくトレーニング目的だと分かっていても、潔癖な私には耐えられそうもない。


「ルリさん、お待ちしてました」

私の姿を確認した受付が呼んだのは、女性のトレーナーだった。

「えっと、女⋯⋯ですよね」

「はい! どうしたんですか? ルリさんの彼氏が自分以外の男に体を触れさせるなって言うから女性トレーナー希望でしたよね。本当に愛されてますね。羨ましいです!」

 私は女性トレーナーの言葉に思わず首を傾けそうになった。


 それを束縛ではなく愛と感じる能力を私は持っていない。

 自分の自由を縛るものは全て窮屈で苦しいものだ。

 ルリさんがもう一人の私なら同じような感覚を持ってそうなのに⋯⋯。


「本当にスタイル抜群ですね⋯⋯」

「はぁ⋯⋯」

 ルリさんは柔軟性抜群だった。

 私は体が硬いので真逆だし、トレーニングウェアーに着替えるとスタイルが全然違う。

 ルリさんは胸が大きく、ウエストは腹筋がうっすら割れていて引き締まっている。

 何もしていない私とは違って鍛えられた肉体をしている。


 「はぁっ! 今日はもう無理です」

 私は途中で疲れてしまった。

 昨日まで仕事をして脳が疲れているのか、朝から運動をする気になれていない。


 私は次の予定であるエステサロンムーンに行く。

 エステも初体験なので緊張したが、受付を始め店員が女性ばかりで少し気持ちが和らいだ。

 明らかにお金を使ってくれる顧客への高待遇なのか、早く到着してしまったのにすぐにに案内された。

「では、こちらで紙パンツを履いて、バスローブを着てお待ちください」

 エステティシャンは髪を一つにまとめて、メイクも濃い目だった。

 CAが訓練中するようなのと同じようなメイクレッスンを受けていそうだ。


(紙パンツ⋯⋯)

 私は羞恥に耐えながら、紺色の紙パンツを履いてバスローブを羽織る。

 ルリは全身永久脱毛をしているのか、マネキンのような体だからギリギリ我慢できた。

 しばらくすると、エステティシャンがノックと共に入ってきて、バスローブを脱いで寝台にうつ伏せに横たわるように言われる。

(待って? 上半身は丸出しなんだけど⋯⋯)

 私は用心深い人間なので、隠しカメラとか設置されていないか確認しながら胸を隠しつつうつ伏せになった。


「凄い綺麗な体⋯⋯彼氏さんは幸せ者ですね」

「は、はぁ⋯⋯」

 エステサロンに来たことはないが、気持ちの悪い営業トークに寒気がするのは私が普段接客業をしているからだろう。

「こういうことを言えば喜ぶんだろっ」という会話内容と、貼り付けたような笑顔に気分が悪くなる。

 正直、オイルで見知らぬ女に体を弄られ緊張で強張ってしまった。

 全然気持ちよくないし、もう二度と来たくないと思った。

 適当に営業トークに相槌を打っていたら、やっと施術を受け終わった。


 お腹が空いたのにネイルサロンルミナの予約時間まで1時間もない。

 ルリのカバンの中には小さなタッパーに入ったアーモンドが入っていた。

(リス? 何なのこの子⋯⋯)


 アーモンドで小腹を埋めてネイルサロンに向かう。


 全然綺麗な今のネイルをとって、また新しいジェルネイルをして貰った。

「彼氏さんから月100万円お小遣いもらってるんですよね。羨ましい!」

 ネイルサロンにも初めて来たが、店員と会話をする時間が長いようでルリの情報が聞けた。

 手の自由がない中で、見え透いたヨイショトークを聞き続けるのは疲れる。

(月百万円⋯⋯私の給料より良いんですけど⋯⋯)


「あの⋯⋯彼氏からお小遣いを貰っているような私を軽蔑しないんですか?」

 私の中で彼氏からお小遣いを貰う感覚がなかった。

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