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第27話 父と娘

 マイラーノ大橋を渡ってすぐの中央広場の

 左手前にレッジョの冒険者ギルドはある。

 その建物からルロイは、

 マティスと共に出てくる。

 正直言ってルロイは肩を落としていた。

 『遥かなるきざはし』に臨むにつき、

 当然ルロイは冒険者ギルドに足を運んで

 助っ人を頼むつもりでいたのだったが、

 こんな時に限って腕の立つ中堅どころ

 以上の冒険者が全て出払っていて、

 『遥かなるきざはし』で通用しそうなレベルの

 冒険者はいないとくる。


「済みませんね、懇意にしてる冒険者に

 護衛を頼もうと思ってたんですけど」


「別に構わん。俺一人で十分だ」


 不安そうに頭を掻きむしるルロイに、

 マティスは平然としてた。

 マティスの得物は使い古したハルバード、

 防具は幾つもの修羅場を

 潜ってきたのであろう傷だらけの

 竜の鱗で作られた年季の入った鎧。


「これまでだって、フレッチと俺、

 フレッチの助けが望めないなら一人でな、

 ダンジョンにも臨んできた。

 最初から問題はねぇのさ」


 軽い準備運動のようにマティスは、

 鎧と得物をガチャリと鳴らす。


「僕も、護身用の短剣くらいは

 持って来ました。

 無用な心配であることを願いますよ」


 いつも通りの仕事着の黒のケープと、

 羽ペンと証書、護身用の短剣。

 これから『遥かなるきざはし』に挑むには

 ルロイの装備はあまりに貧弱だった。


「心配するな、奴のところに行くまで

 俺がちゃんと守ってやるさ」


 素っ気なくもそう言われてしまうと、

 不思議と安心できてしまう。

 これも強者のオーラなのかもしれない。

 二人がようやく、『遥かなるきざはし』へ

 向かおうと足を進めたその時である。


「おや?」


 ルロイとマティスの目の前に、

 一人の少年が立ちはだかる。


「ようやく見つけたぜ!」


 ピンと澄み切ったヘーゼルの瞳と

 小柄ながらも健康的そうな褐色の肌、

 燃え立つようなストロベリーブロンドの

 赤毛を短く刈った頭。

 装備は、旅装用のコートの下に皮鎧。

 自身の身長よりも四分の一ほど長い

 木製の棒を得物として構えている。


「ここで会ったが百年目。

 母の仇だ。覚悟しろ!」


 少年にしては声がやや高い、

 一見すると分からなかったが、

 男勝りな少女らしい。

 少女の目にはマティスに対する、

 若さゆえの闘志がみなぎっていた。


「おい、とっとと行くぞ……」


 マティスがルロイの肩を叩き、

 忌々しく彼女から目を反らし歩み始める。


「いいんですか?」


 ルロイは事情の読めないながらも、

 マティスを引き止める。


「時間の無駄だ」


「舐めやがって!

 あの頃のアタシだと思うなよ」


 少女を無視し足早に立ち去ろうとする

 マティスに怒気をさく裂させ、

 棒術で容赦なく襲い掛かる。

 マティスは得物であるハルバードに

 手をかけることもせず、

 素手でリーチの長い棒の一撃を防ぎ、

 すかさず流れるように間合いを詰め

 しなやかに少女の鳩尾を拳で突く。


「うう、クソ……親父ぃ」


 少女は力なく地面に倒れ込む。


「アタシは許さない……」


 あっけなく打ちのめされた後も、

 少女は不屈の闘志をもってその腕で、

 道を急ぐマティスの足にしがみ付く。


「付いてくるな!」


 マティスは少女に振り返るでもなく、

 邪険に少女の腕を足蹴にして道を急ぐ。

 ルロイはこの少女を雑踏の中に、

 残してしまうことにいささか

 後ろめたさを感じつつも依頼人である

 マティスの後を足早に追う。


「娘さん。ですよね?」


 ルロイはマティスに追いつき、

 おずおずと問いただした。


「ああ……だが、死んだはずだ」


「え……」


「フン、例えだよ例え」


「それはまたどんな?」


「竜騎士は究極的に自由な存在だ。

 俗世のしがらみに囚われてはならん」


 答えたマティスの声色は投げやりだが、

 どこか威圧的で厳しかった。

 飛竜教と言う竜騎士たちが

 信仰する宗教がある。

 飛竜は自由と言う無限の思想であり、

 竜騎士は飛竜と共に大空を神速で

 疾駆することにより真の自由と

 救いを得ることができる。よって、

 竜騎士にとって飛竜にまたがり

 飛ぶのは正当なことであり、

 自由は竜騎士の本性そのものであり、

 その自由を邪魔するものはいかなる

 形の制約であれ捨て去るべきである。

 無限の自由を悟ることによって、

 肉体の鎖も、思考の鎖も解き放ち

 やがて生死の境さえ超越するとされる。

 それゆえに、宗教でありながら

 教義らしい教義は無きに等しい。

 竜騎士たちにとって正しい掟とは

 自由へ導いてくれるものだけだからだ。

 だから、親子の絆でさえ時として

 邪魔なしがらみでしかない。

 そんな講釈をルロイがマティスから

 暇つぶし代わりに聞かされている内に、

 目的地まで来てしまっていた。


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