枯れた樹皮の上に灰緑色の苔が、
まるで森の古びた歴史を
包み込むようにひしめいている。
そんな樹齢が幾百年かはある大木が、
幾重にも奥へ奥へと
連なってゆくのが目に付く。
「ここが、森への入り口ですか。
なかなか神秘的ですね」
ボドに案内されて、
一行はかつて村の聖域でもあった
森の入り口までやってきた。
「ふん、ただの気味の悪い森だろうが」
「俺はゾクゾクするぜぇ。
久々に血の滾りを満たせそうでよぉ」
それぞれが勝手なことを言っている内に、
ボドは仕事があると言って
そそくさと帰ってしまった。
「おや、あなた方は?」
森の入り口らしい場所の奥から、
薄緑色のローブを着た若者が現れる。
年のところは二十代の半ば、
灰色の長髪にヘイゼルの瞳。
腰には弓を納める袋がベルトで
括られていた。
その他にも武器代わりか
木製の杖を手にしていた。
なかなかに精悍な顔立ちは、
そこらの冒険者と並んでも遜色を
感じさせない。
「貴様がここの森番か」
「はい、フォスターと申します」
一行の代表としてフランツが、
ここまで来た経緯をフォスター
にかいつまんで話す。
森番と言えば、
主に領主の領地に存在する森の管理を
任された、
言わば森のエキスパートでもある。
その任務は密猟の取り締まりや、
狩りの対象となる動物の保護が、
主要なものとなる。
フランツの説明を聞くフォスターも、
荒事には慣れているのだろう。
話の飲み込みが早く、
話を聞き終わるや顔色を
明るくして頷いたのだった。
「それは、ありがたき事です。
村のもの達だけではモンスターによる、
家畜の被害を抑えるのも限界でした。
レッジョのお役人様が
わざわざ腰を上げられたとなれば、
心強い限りです」
「そうであろう!それであろう!」
「ヒャハハ」
フォスターの言葉に、
気を良くしたフランツの笑い声が弾む。
なんであれ持ち上げられる事は
好きであるらしい。
笑い上戸なのであろう、
ギャリックもなぜか愉快そうに
つられて豪快に笑っていた。
ルロイはフォスターが
手に持っている杖に目が引かれる。
「その杖は」
「ええ、亡き父の形見です」
「きれいな文様だ」
ルロイが杖の表面を指さす。
小さな円環状の文様が羅列して
描かれている。
「文様ですか、
確かにそう見えるでしょうね」
「違うんですか?」
「ええ、文様ではなく代々この
森番の一族に伝わる神聖な文字なのです。
この杖も初代の森番から
代々受け継がれたものです」
フォスターの言葉の通り、
よく目を凝らせば円環を内側か外側、
あるいはその両側に棘のような形状の、
二等辺三角形の
小さなシルエットが幾つか、
なにがしかの規則性をもって
書き加えられていた。
見ようによっては文字と見えなくはない。
「森番は、家業なんですか?」
ルロイの言葉にフォスターは初め微笑み、
しばらくして視線を
森の奥彼方へと馳せるのであった。
「もともとこの森は村が開拓されて以来、
村人たちの共有地でした。
狩りの場でもあり森の神を祀る
聖域そのものでありました。
代々土地に根付いてきた
先祖から森番を引き継ぎ、
私が九代目になります」
森番はその地を治める領主が
定めた森林法に基づき森を管理する。
つまりは、領主に仕える従僕
と言ってよく、
村人の中から選ばれるのは
珍しいケースと言えた。
それはとりもなおさずリドの村が、
昔ながらの村民同士の自治が、
村の外縁にあたる森にまで
及んでいるということだった。
「フン、それも貴様の代で
お終いだろうがな」
何が気に入らないのか、
フランツが腕組みしながら意地悪く嘲る。
「行政官殿、それは言い過ぎでは」
「土地を有効活用してやるというのだ。
この森の開拓してしまえば、
くだらん化け物騒ぎもなくなるだろう」
「開拓、とは……?」
「近々この森を参事会のお偉方が
買い取って、
修道院を建造する予定だ。
当然、あとは教会の土地になる。
それで村の連中も古めかしい迷信とは
おさらばして、
新たな産業も発展する。
大いに結構なことではないか」
今は深く詮索しないにせよ、
この村を取り巻く政治的な環境もまた、
複雑な様相をていしていることは
間違いなかった。
「森神の加護があらんことを」
フォスターが整った顔を、
瞑想に沈めて短い文句を唱え、
三人の肩を軽く叩きこれから
森に立ち入らんとする者たちの
加護と祝福を祈った。
「それでは、また後ほど」
ルロイ達はフォスターにお礼を言うと、
一呼吸置いたのちに
森の中へと歩み入った。
森そのものが暗緑色の内臓を
むき出しにして、ルロイ達を
飲み込まんとするかのような、
そんな深い景色が徐々に広がってゆく。