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第17話 プロローグ 人狼

 見上げれば、

 満月の光が濃い紫の夜空に輝いている。

 今更おびえたように

 カンテラを振り回してみる。

 その光は物言わぬ周辺の木の幹を

 わずかに照らすばかりで、

 人の気配どころか

 木々のざわめきさえ聞こえない。

 誰にも見られていない。

 聞こえる音はと言えば、

 僅かばかりの衣擦れと小枝を

 木靴で踏みしめたときの乾いた音のみ。

 あまりに静かだ。

 この風景ごとこの世ではないどこかへ、

 迷い込んでしまったかのようだ。

 何か教養めいた知識がある司教様か

 旅の詩人であれば、

 気の利いた文句を思いつくのだろうが、

 あいにくとおらは

 文字の読めないとくる。

 それに下手を打てば、

 アレに食い殺されてしまう

 かもしれないのだ。

 傍らにはつい先ほど絞めた鶏を置いて、

 今か今かと待ち望んでいる。

 恐ろしいが、

 もしかすると本当にアレは

 おらもこの村も

 救ってくれるかもしれないのだ。


「おい、汝か我を呼ぶものは?」


 かすれ気味の声が森の静寂を破る。

 ソレは風景に溶け込むようにして、

 おいらを試すように睨んでいる。

 黒い影の塊のようなソレは

 おらの側へと、

 一歩二歩と歩み寄ってきた。

 言い伝えの通り、

 人間のような輪郭から獣じみた臭いと、

 ごわついた毛が月明かりに煌めいていた。

 人狼。

 口元には新月のような白く鋭利な牙が

 闇の中に浮かび上がっていた。

 人ならぬものであることは確かだった。

 声が喉にとどまって出てこない。


「案ずるな、汝が我を害さぬ限り

 は何もせぬよ……」


「……」


「そう黙っていては分からん。

 我に用があるのだろう。

 長年この森に住まう我である。

 聞くだけは聞こう。

 さあ、申してみよ……」


 警戒の気配を悟られたのか、

 それでもかまわず声の主は更に二歩、

 三歩とにじり寄ってくる。

 不思議と恐怖心よりも何もかも、

 打ち明け縋りたい気持ちが勝る。

 気が付けば今抱えている問題を

 洗いざらい話している。

 全てを語り終えてソレが

 満足げに笑みを浮かべる。


「よかろう、汝の望みは叶えよう」


「本当か!」


「左様、案ずるな。その代わり――――」


 剛毛で覆われた腕が、

 絞めた鶏をかっさらってゆく。


「そう汝は、相応の対価さえ

 忘れなければよい」


 新月のように煌めく狼の牙が

 鶏の肉塊を引き裂き、

 細切れの血肉が地面へと零れ落ちる。

 次にそれを飲み下す不快な音が

 おらの鼓膜に響く。

 思わず目を背け地面へと視線をやると、

 カンテラの光はソレの影を

 浮かび上がらせていた。

 血肉に塗れた口元がおらに向かって

 獰猛に笑って見せる。

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