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第5話 プロバティオ

 レッジョ市霊園―――

 市の北東に面するこの霊園は

 地元市民のための墓地である。

 と同時に、

 ダンジョン攻略に失敗した

 無数の冒険者たちの、

 成れの果てが集う人生の終着点である。

 ここはレッジョが

 ダンジョン都市と呼ばれてから、

 長らく名もなき彼らのさ迷える魂の

 受け入れ先であり続けていた。


「大丈夫ですかアナさん。

 息が上がっているようですが」


「ぜぇぜぇ……大丈夫です。

 ここまで来たんですあと一歩」


 地下の抜け道を通って

 霊園に出たルロイとアナは、

 深呼吸して新鮮な空で息を整える。

 霊園を改めて見まわすと、

 墓石の間につつましく咲いた

 小花や若草が風にそよがれ、

 日当たりのよい時間であれば、

 のどかに散歩でも

 楽しめそうな場所と言えた。

 それも黄昏時ともなると、

 死に関わる陰気さが

 地の底からもたげてくるのか、

 重苦しい暗さが立ち込めて

 人の寄り付かない場所になる。

 墓荒らしや盗人が

 悪事や裏取引をするには、

 うってつけの場所と時間帯と言えた。

 そんな黄昏時の朱の光の中を

 市の外へと急ぐ一人の影があった。

 金目の物をしこたま詰め込んだ

 麻袋を背負い込み、

 神経質そうに息を上げながら

 市壁の外へと向かう中年男。

 そこそこ上品そうな

 旅装マントをはためかせ、

 ずり落ちそうなビロードの円形の帽子と、

 見事な筆ひげを絶えず整えようと、

 せわしなく手でいじくりまわしている。


薔薇石ローゼスストーンを返して!」


「おわわ……」


 恨みがましい声ともに

 墓石に隠れていたアナが、

 鑑定士の旅装用マントを引っ張り驚いた

 拍子に鑑定士は尻餅をついた。


「お散歩ですか?にしては遅すぎますかね」


 すっとぼけた調子で

 ルロイが鑑定士へ歩み出る。

 都市の定めた法が及ぶのは

 基本その都市の支配権が及ぶ領域のみで、

 市の外へ出てしまえば、

 市の作った法など及ばなくなってしまう。

 そうなれば法的な処罰もできない。

 法の処罰を逃れるために市内で

 犯罪を起こした冒険者などが、

 官憲にしょっ引かれる前に

 こうした場所を潜り抜け、

 市壁の外か港の外へ向かうことは

 良くあることだった。

 ルロイとアナはどうにか間に合った。

 ディエゴの教えた近道で

 ずいぶん汚れてしまった

 ケープのほこりを払いながら、

 ルロイはおもむろに尻餅をついた

 鑑定士の目線へしゃがみ込む。


「『ぼろ儲け亭』の鑑定士、

 アントニオ・グェローニさんですね」


「な、なんだ。貴様らなど知るか、

 そこを通してもらうか!」


 予想外の待ち伏せにもめげず、

 アントニオと呼ばれた鑑定士は

 肩をいからせ立ち上がろうとする。

 アナは先ほどからアントニオ

 の旅装マントを右腕でつかみ、

 左手でロッドを持ち何かの呪文を、

 ブツブツ口にしている。


「えい」


「おわっ!何をする」


 見ると無数の青白く光る

 手の形をしたものが、

 あたりの墓石から蔓のように

 伸びきりアントニオの足へと巻き付き、

 アントニオは立ち上がれたものの、

 そこからどんなに足に力を込めても

 一歩が踏み出せないでいた。

 アナの死霊術により、

 アントニオはすでに

 体の自由を奪われていた。

 呪いで弱っているかと思いきや、

 墓場にいるおかげか

 アナの死霊術はずいぶん強力に

 発動しているようだ。


「アナさん。そのまま死霊たちに

 押さえつけてもらえますか」


「あ、は……はい」


 アナに指示をして

 悪徳鑑定士のアントニオに向き直るや、

 ルロイは呆れたように口を開く。


「今の内に白状した方が身のためですよ」


「フン、この薔薇石はわしのものだ!」


 アントニオは更に意固地になって、

 薔薇石ローゼスストーンの入った

 麻袋を強く握りしめ歯ぎしりする。

 やはりこうなってしまうのかと

 ルロイは肩をすくめてみせる。

 あとは仕事に取り掛かるまでだった。

 ルロイはベルトに括りつけた革袋から、

 羽ペンとまっさらな証紙を取り出す。


「ルロイさん、なっ何を……」


「ここはお任せを」


 落ち着いた様子でルロイは

 アナに微笑んで見せる。

 そこからルロイが紙に筆記する手さばきは

 恐ろしく速かった。

 短い一文を一通り書き終えると、

 その紙を両手で持ちアントニオに

 見えるよう眼前に突き出した。


「真実を司りし

 神ウェルスの名のもとに問う。

 汝アントニオ・グェローニは、

 薔薇石ローゼスストーン

 騙し取られたものであると知り、

 買い受けたとここに認めるか?」


 文言を厳かに読み上げる

 ルロイの眼差しからは、

 穏やかさの一切が排されていた。

 ルロイの行動と言葉に思わず

 固まっていたアントニオは、

 持ち前の老獪さで自身を奮い立たせ、

 顔に嘲りを浮かべている。


「若造めが、何をもったいつけてやがる」


「本当に知らなかったと?」


「ええい、くどい!

 わしは知らんもんは知ら――――」


 そこまで言うや突然アントニオの体が、

 プツリと糸の切れた人形のように、

 地面へと力なく前のめりに倒れこんだ。


「だから言ったのに」


 苦笑いしながら、

 ルロイはインク壺と羽根ペンを

 革袋にしまい込む。

 アナはすでに術を解き、

 死霊たちを墓場へと戻し倒れこんだ

 アントニオの体を、

 恐る恐るロッドの先端で突いている。


「はわわ……あの、

 死んじゃったんですかぁ」


「一時的に魂が抜かれただけです。

 少し経てば意識が戻りますよ」


「その証拠に」


 ルロイが先ほど著した紙片を

 アナの眼前に掲げて見せた。

 紙片は何かを咎めるかのように

 赤く光っていた。

 紙片そのものが赤く光っているのである。

 光はやがて鈍くなり

 ただの赤い紙となっていった。


「これは魔法公証人の問いに

 嘘で答えた証明なんです」


 レッジョの公証人は、

 真実を司る神ウェルスを

 守護神として信仰している。

 特にウェルスの寵愛を受けた者が

 書いた文言は、

 その御名のもとに書いた本人が

 読み上げることで、

 真実と嘘を見抜き裁く力まで宿ると言う。

 代々レッジョの公証人ギルドは、

 畏敬の念をもってこの魔法の力を

 「プロバティオ」と呼び、

 この能力により書かれた証書は

 「ウェルス証書」と呼ばれる。

 ウェルス証書こそは、

 揺るぎない真実の証なのである。


「僕のウェルス証書の前では、

 何人たりとも嘘を付けません。

 嘘で答えようものなら……」


「こ、こうなっちゃんですねぇ」


 恐縮しながらアナは、

 気絶したアントニオが抱えていた、

 麻袋の中身をまさぐっている。

 麻袋から次々に出てくる

 宝石やら謎の骨とう品は、

 どれも持ち運ぶのに

 便利な小ぶりのものだったが、

 素人目にも高価そうな品ばかりに見えた。

 アントニオは逃亡後にこれらを元手に、

 またどこかであこぎな商売を

 する予定だったのだろう。


「あっ、ありました!」


 アナが声を弾ませてルロイに振り返る。


「本当にありがとうございます。

 無事薔薇石ローゼスストーンを取り戻せました」


 アナが満面の笑みで

 薔薇石ローゼスストーンを高らかに掲げて見せる。


「よかった。さぁ、教会で

 呪いを解いてもらいましょう」


 すでに日は沈みかかっていた。

 日の残照は頼りなくそれでも掲げられた

 薔薇石ローゼスストーンの緻密な真紅の象眼は、

 本物の薔薇の花が日の光を受けたように

 鮮やかに輝いて見えた。

 いや、これは薔薇石ローゼスストーン自体が

 光を放っているのだ。

 これはアナの力に

 共鳴しているのか――――


「本当にありがとう。そして……

 さようなら公証人さん」


 アナの満面の笑みは

 どす黒いものへと変貌していった。

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