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第2話 椿(修正後)

 赤い椿が良く似合う女性が、息を切らしながら夜道を走る。


 その後を、血相を変えた役人が、険しい顔で追った。


「あの女……」


“何処へ行った!”と、夜の町に役人の怒砲が響く。


「あの女は、神聖なる白蘭 《ビャクラン》様に手を出した不束者だ!」


“なんとしても捕まえろ!”と、役人が再び叫ぶと同時に、部下達が蜘蛛の子を散らすかの如く、あちこちへ駆け出した。


 その様子を息を潜めて見ていた、薄汚い着物を着た男が、同じく物陰に身を潜める女性に

「今なら大丈夫」

と、小声で告げる。


 それが合図となり、女性は役人達が目をつけなかった路地裏を駆け抜けた。


 淡い月明かりに照らされたその路地裏の先には、役人達が崇める白蛇の化身である白蘭 《ビャクラン》が待っているはずである。


「百蘭 《ビャクラン》様、只今……」


 女性は寒さで凍えた小さな唇で、愛しき男性の名を口にしながら、走り続けた。



 事の起こりは一年前の冬。


 この年はいつもよりも雪の降る量が少なかった。


 次の夏に日照りでも起きたら、町の人達は食べ物に困り、最悪死を選んでしまうかもしれない。


 それを心配した白蛇の化身である白蘭ビャクラン は、とあるお寺で雪を降らせるよう祈願した。


 その帰りの出来事である。


 白蘭ビャクランは、境内にある一本の枯れかかった椿の木を見つけた。


 心を痛めた彼は、憐れむ瞳でそっと近寄り、元気が出るよう祈りながら、痩せ細った幹を擦ったのである。


 その日の夜、白蘭ビャクランが祀られている館の一角に、赤華セキカと名乗る女性が訊ねて来た。


 彼女は、昼に白蘭ビャクラン が擦った椿の木の化身だと告げた。


 その瞬間、二人は恋に落ちる。


 お互いに監視が光らせる目を掻い潜り、逢瀬を繰り返していくのだった。



「何処でこんなことになってしまったのだろう……」


 赤華セキカは、涙で腫れたでそう呟く。


 知らぬ間に誰かが逢瀬を目撃し、白蘭ビャクランの館の主に告白したのだろうか?


(あり得る話ではないわ)


「それとも……天が見ていたのだろうか?」


 だとすると、この先とても厄介なことになる。


 化身同士は、どちらかが人間にならないと、一緒になれないという、いつの間に作られた片寄った約束が、天に蔓延ハビコっていた。


 しかし、その約束事は全くの出鱈目デタラメである。


 恐らく、化身同士との間に生まれる子供の能力が、人間と少し違う為に、世の中が生き辛くなることを見越して、そんな禁止令をたてたのでだろう。


 いずれにしても、この場から逃げ出さないことには、彼等に未来アスはない。



 路地に入ってから数分たった頃。


 1人の男性が、地にしっかりと足を着けて立っていた。


 白蘭ビャクランである。


 彼は、一言も言葉を発することなく、息も絶え絶えに走って来るであろう赤華セキカを、今か今かと待っているのであった。



白蘭ビャクラン様!」

“ご無事で何よりです!”と、歓喜の声をあげながら走り寄る赤華セキカ


“お会いしたかった……”と、潤んだ瞳で抱き締めた刹那、彼女の両手にぬるりとした感触が伝わる。


 恐々《コワゴワ》と見たその手には、赤く生温かいものが、嫌という程ついていた。


 そして、赤華セキカは悟る。


 愛しの彼は、もうこの世に存在していないのだと。


 その途端、声無き声をあげる赤華セキカ に、近寄る不審な人物。


 気付く間もなく、彼女もまた天に招かれてしまう。


 その人物が2人の息の根を確認し、姿を消した数時間後。


 彼等の身体カラダを労り、優しく包み込むように、真綿にも似た白い雪が降り積もり始めた。


 不思議なことに、その雪は2人の姿が消えて無くなるまで、溶けることはなかったという。


お仕舞い


令和5(2023)年8月12日5:35~8月17日7:56作成



お題「雪」「椿」「ヘビ」

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