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25「最っっっ高のプロポーズ」

父「退くなッ!!」


 父の大音声が、戦場を貫いた。


父「兵士たちよ、踏みとどまれ! 戦うのだ!

 ここを死守せねば、エンデ温泉郷は崩壊する。

 そうなれば、やがてあのドラゴンは領都に至る。

 諸君らの家族が暮らす、領都にだ!」


兵士たち「「「「「――ッ!!」」」」」


父「奮戦せよ! ときの声を上げるのだ!」


 ――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!


俺(父、すごい! 崩壊寸前だった領軍の士気が、あっという間に回復した。

【農王】という非戦闘スキルなのに、この場にいる誰よりも強い。

 父は、やっぱり辺境伯なんだ。ソリッドステート辺境伯領という広大な領地を任されても折れない、強い人なんだ)


 俺は立ち上がる。

 メイドがすがりつくように腕を伸ばしてきたので、その手をそっと握りしめた。


俺(俺も覚悟を決めよう。

 そうだ、俺には奥の手がある。

 神をも超える力――【収納星】が!)


リリン「余の助けが必要かな?」


俺「リリン! いつの間に!?」


リリン「夫の危機に駆けつけるのが、良き妻というものじゃからな」


俺(リリンと一緒に、オリハルコン・ドラゴン・クイーンのふもとまで行く。

 麓でリリンに【色欲】を解除してもらい、【収納星】の力を取り戻す。

 俺の【収納星】なら、あの超巨大ドラゴンだって【収納】できるかもしれない!

 いや、絶対に【収納】できるはずだ。

 だって、あの女神が『地形を変えたいときに使う』って言っていたほどの星スキルなんだぜ!?)


 俺は周囲を見回す。

 メイドもガブリエラもネコたちも領軍も、戦っている。

 クララや母親も、村の中心のほうで負傷者の救護や避難誘導でがんばっているはずだ。

 みんなみんな、逃げ出したいだろうに。

 泣き叫んで、何もかも投げ出して逃げてしまいたいだろうに。

 それでも、戦っている。

 戦っているんだ!


俺「リリン、一緒に来てくれる?

 最悪、死ぬかもしれないけど……」


リリン「承知した」


俺「っ。言っておいて何だけど、本当にいいのか!?

 マジで死ぬかもしれないんだぞ!?」


リリン「レジ(俺の手を握る)。

 そなたとて、震えておるではないか。

 余が同行せねば、そなたは真価を発揮することができぬじゃろう?」


俺「……っ!(ひざまずいて、リリンの手を取る)

 リリン。リリン・メディア殿下。

 どうか、俺と結婚してくださいませんか?」


リリン「――っ!?

 ……あ、あはぁっ。最っっっ高のプロポーズじゃな!

 その婚姻、受け入れた。

 さぁ、くぞ。余とそなたの覇道に」


俺「ああ!

 ブルンヒルド、ガブリエラ、同行を頼めるか!?」


メイド「もちろんにございます(俺をおんぶする)」


ガブリエラ「任されました(リリンをおんぶする)」


俺「ちょっと見た目がカッコ悪いけど……出撃!」


 メイドとガブリエラが、魔物の『波』へと漕ぎ出す。


 ぴょん、

   ぴょん、

     ぴょん。


 魔物の頭や背中を足場に、メイドとガブリエラが突き進んでいく。

 ツメ、キバ、槍、剣、矢、魔法。様々な攻撃が飛んでくるが、メイドとガブリエラがそれらをいなしていく。


 十数分ほどで、オリハルコン・ドラゴン・クイーンの麓にまで到達した。


俺(この辺りには、クイーン以外の魔物はいない。

 今のうちに、リリンに【色欲】を解除してもらって――)


メイド「レジ坊ちゃま!!」


 突如、メイドが俺を放り投げた。


俺(…………え?)


 ぐるぐる回る視界の中、森の陰から1体のオリハルコン・ドラゴンが飛び出してきてメイドを丸呑みにするのが見えた。

 メイドが、俺を庇ったのだ。


俺(落ち着け、落ち着け俺! メイドなら大丈夫だ。

 今はとにかく、リリンから【収納】スキルを戻してもらって――――……え?)


 目の前に巨大な、あまりにも巨大なツメがあった。

 それは、オリハルコン・ドラゴン・クイーンのつま先だった。

 そう、クイーンはちょうど、一歩を踏み出そうとしているところだったのだ。


俺「うげっ――」


 クイーンからすれば、ただ、足をほんの少し持ち上げただけ。

 だが、体高数百メートルもの巨体の『ほんの少し』は、

 猛スピードで俺の腹を打ち、

 軽々と、俺の体を空高く蹴り上げてしまった。


俺(息、息息息っ、息をしろ俺!)

俺「かはっ、ひゅーっひゅーっ」

俺(ここはどこだ、空? 視界が回る。

 眼下に見えるのは――クイーンの頭!? こっちを見ている!)


 クイーンが、大きな大きな口を開いた。

 クイーンの喉の奥で、青白いものが輝いている。

 視界がゆらりと、陽炎を帯びる。


俺(ドラゴン・ブレス――ッ!?)


 次の瞬間、俺の視界は真っ青な炎で埋め尽くされた。


俺(【収納】ッ!)


 とっさに、純オリハルコン製の盾を取り出す。

 万が一のときのために作っていた一品だが、役に立った。

 オリハルコン・シールドに、クイーンのブレスが直撃した。

 シールドは、クイーンのブレスを防いだ。

 だが、ブレスの勢いまでは殺せなかった。

 俺は必死にシールドにしがみつきながら、さながらこの世で最もシュールなサーファーのように、ドラゴン・ブレスという灼熱の波に乗り続ける。

 ブレスの勢いは留まるところを知らず、俺とシールドはぐんぐん、ぐんぐんと打ち上げられていく。





 やがて、俺とシールドは雲に入り、さらには雲を抜けてしまった。





俺「は、はは……」


 ブレスが止んだ。

 今度は、自由落下が始まる。

 太陽を見上げながら、俺は泣きそうになる。

 ブレス攻撃は防ぐことができた。

 だが、だからといって、ここからどうしろと?

 今の俺は、無力な【収納聖】でしかない。

 あとはただ、数千メートルの落下の果てに、地面のシミになるしかないのだ。


俺(くそっ、くそっ、くそっ! 俺が日和ったばかりに!

 教祖ルートや実験動物ルートや反逆者ルートから逃げずに、城壁の上で――衆目の前でリリンに【色欲】を解除しておいてもらえば、こんなことにはならなかったんだ!

 でも俺は、そうしなかった。自分が可愛かったからだ。事ここに至ってまで、スローライフの可能性を捨てきれなかったからだ。

 我が身可愛さで、みんなを助けられる最初で最後のチャンスをふいにしてしまった。

 俺は最低だ……)


 視界が白で埋まった。

 雲の中に入ったのだ。

 俺は、目を閉じた。

 もう、できることは何もない。

 後悔と情けなさに押しつぶされながら、死ぬしかないのだ。

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