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20「リリン皇女殿下の快進撃」

 領主名代の特権・プライベート温泉風呂にて。


俺「やってられっか!(ジャブジャブ)」

俺(帝位簒奪だって!?

 そんなのに付き合わされたら、命がいくらあったって足りないぜ)


 ――ちゃぽん


リリン殿下「良い湯じゃなぁ」


俺「きゃーーーーっ!?」


リリン殿下「きゃあって何じゃきゃあって。生娘か」


俺(水着は着てるっ。けど何なんだこのエロさは!?

 10歳が出していいエロスじゃないぞ。これが【色欲】の力!?)


リリン殿下「何をそんなに、隅っこで縮こまっておるのじゃ。

 そなたの風呂じゃろう? 堂々としておればよい」


俺「無茶言わないでください」


リリン殿下「何を恥じらう必要があるのじゃ? んんん?」


俺「ホント勘弁してください!」


メイド「……皇女殿下、人の敷地に勝手に上がり込んで、何をしておいでで?」


ガブリエラ「あーーーーっ! 

 ブルンヒルドさん、勝手にご主人様と入浴していてズルいにゃ!

 ……って、誰にゃコイツ?」


クララ「ガブリエラさん、抜け駆け禁止です!

 ……で、どなたですか?」


ネコたち「「「「「にゃんにゃにゃんにゃ」」」」」


俺「あーもうめちゃくちゃだよ!」





   ◆   ◇   ◆   ◇





俺「あー、びっくりした」


リリン殿下「これが今日の昼食か? 質素なものじゃのう」


俺「でもジューシーで美味しいですよ。こうやって、白パンにサラダとオーク肉を挟んでホットドッグ風にして――

 って、なんでいるんですか!?」


リリン殿下「ここがそなたと余の愛の巣か」


俺「やめてください! 本当にやめて!」


リリン殿下「ほれ、あーんしてやろう」


俺「もう本当に勘弁」


リリン殿下「これだけ押してもダメとは、さすがに傷つくのぅ……よよよ」


俺「『よよよ』って何ですか『よよよ』って。

 とにかくっ。私には、アナタの政争に巻き込まれるつもりなんて1ミリたりともないんですからね!」


リリン殿下「余は純粋にそなたを慕っておるだけじゃと言うのに。

 結婚してくれれば、この体を好きにして良いのじゃぞ。

 自分で言うのも何じゃが、絶世の美少女じゃぁ」


俺「……ごくり。

 いやいやいやいや。クソめんどくさい政争と、たとえ勝てたとしてもクソめんどくさい政治がセットでしょ!?」


リリン殿下「ふむ。ならばあきらめるか」


俺「おっ! あきらめてくださるんですね?」


リリン殿下「うむ。色気で押すのはあきらめることにする」


俺「え?」


リリン殿下「その代わり、余がいかに有用であるかを示し、そなたを虜にしてみせよう」


俺「あーもう!」





   ◆   ◇   ◆   ◇





 驚くべきことに、リリン第一皇女殿下は俺とメイドの家に住み着いてしまった。

 それから数日。


『余の有用さを示し、レジが余無しでは生きていけないようにしてみせようぞ』


 と言って俺につきまとう殿下をあきらめさせるために、俺は殿下に無理難題を押し付け続けた。





   ◆   ◇   ◆   ◇





 畑仕事。


リリン殿下「大きな岩は【収納】!

 土を【収納】し、ひっくり返して外に出ろ、【収納】!」


村の老人「お嬢ちゃん、【収納伯】様なんだって?

【収納】も【伯】級となれば大変便利なものだねぇ。

 こぉんな大きな岩、根っこ掘り返してどかせようと思ったら一週間はかかるよ」


村の老婦人「それに、こんな広い畑を一瞬で耕してしまうなんて!

 この年になると、クワを振るうのはたいそう腰にきてねぇ。助かるわ。

 お嬢さん、中でお茶でも飲んでいかないかい?」


俺(しまった! 農業に適正アリだったか!)


リリン殿下「どうじゃ、レジ? 余は便利じゃろう?

 農具要らず、農耕牛要らずじゃ。一家に1台どうじゃ?」


俺「え、遠慮しておきます!」





   ◆   ◇   ◆   ◇





 村長宅にて。


俺「おっすクララ、生きてるか~」


 ――ガラガラガラッ! バサバサバサッ!(木簡と羊皮紙の山が崩れ落ちる音)


クララ「レジ様ぁ~~~~! 助けてください!

 私、村長としての教育は受けていても、大店の商会長や領主の教育なんて受けてません!」


俺「というわけです、殿下」


リリン殿下「ふむ。

 こっちは土地借用の契約書。

 あれは冒険者どもからの色街誘致の嘆願。

 これは冒険者ギルド支部立ち上げのための会議の先触れ。

 そっちは現地村民と新参商人の土地を巡っての小競り合いの裁判。

 これは貴重な魔物素材を安く卸すようにとの半ば脅迫じみた大手商会からの要請。

 温泉に、魔物素材に、オリハルコン・ドラゴンと。

 エンデ温泉郷は、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しつつある一大拠点じゃ。

 当然、権益の匂いを嗅ぎつけた者たちが、こうやって手紙攻撃を仕掛けてくるわけじゃな。

 まぁ、直に押しかけて来たり、暴動を起こすよりはよほど文明的じゃが。

 貸してみよ、村長っ娘」


 ――ひょいひょいっ

 ――ぽんぽんぽんっ

 リリン殿下が手紙をみっつよっつに分類していく。

 手紙を1秒で流し読みして、ぽいっ。1秒で流し読みして、ぽいっ。


クララ「あのぅ……何をしていらっしゃるので?」


リリン殿下「できた。

 こっちは、村の治安に関わる最重要案件。

 そっちは、重要性は低いが緊急性の高い案件。

 あっちは、さほど重要でも緊急でもない案件。

 そして娘、そなたの目の前に積んだのが、重要でも緊急でもなく、さらには解決が比較的容易な部類のモノ――つまりそなた自身でも判断・解決可能な案件じゃ。

 では、余は最重要案件から捌いていくとしよう。【収納】」


 虚空から自分用の作業机と羽ペンを取り出したリリン殿下が、キャリアウーマンのようにバリバリと働きはじめる。


クララ「か、神……っ!」


俺「か、カッコイイ……! あ、しまった」


リリン殿下「ふふん? 余は仕事がデキる女であろう?

 惚れたか? 惚れても良いのじゃぞ?」


俺「今の無し! 無ーーーーし!」





   ◆   ◇   ◆   ◇





『魔の森』での狩り。


 驚くべきことに、殿下は平然と森に入り、ガブリエラやネコたちの怪物じみた脚力に弱音ひとつ吐かずについていき、ビッグボア程度の低ランク魔物ならクロスボウで仕留めてしまった。

『低ランク』とはいっても、ビッグボアは体高数メートルの大イノシシ。

 ベテラン冒険者が数名で当たるべき強敵なのに!


リリン殿下「おーい!(ぴょんぴょん) 見ておったか、レジ!?

 このイノシシ、余が仕留めたのじゃぞ! 今夜はしし鍋じゃぁ(笑顔)」


ガブリエラ「悔しいですけど、あのおんにゃ、やりますね」





   ◆   ◇   ◆   ◇





俺「何なの、あの完璧超人!?」


メイド「何でもそつなくこなす器用さと、誰とでもすぐに仲良くなれる人当たりの良さ。

 侮れませんね」


俺「でもでも、何とかしてあきらめさせないと」


メイド「かくなる上は……」


俺「秘策があるんだな!? さすがはメイド!」





   ◆   ◇   ◆   ◇





客「オーク丼特盛りつゆだく温泉卵付き。あとバトル・オブ・チキンの『ほっとどっぐ』を3つ持ち帰りで」

客「会計、早くしてくれ! 仕事に遅れちまう」

客「温泉水おかわり!」

客「フォークを落としちまった! 代わりのものを頼めるかい?」

客「テーブルの調味料が切れてるじゃないか」

客「あっ、てめぇ俺の肉を盗みやがったな!?」

客「ライス大盛りおかわり!」

客「こっちは小盛りでおかわりを頼む」

客「俺はエールおかわり」


旅館から出向中のベテラン仲居「少々お待ちを!」


客「あとがつっかえてるんだ。早く注文を取りに来てくれ」

客「おい、会計が先だろ!」


ベテラン仲居「あぁ、ええとええと……」


 エンデ温泉郷にはアズマ氏の旅館と、大小5つの宿がある。

 総部屋数は100。

 だが、ガブリエラ(の裏に潜んでいる俺)が次々と源泉を掘っていくものだから、温泉郷はますます拡大を続けている。


 エンデ温泉郷には様々な人が集まる。

 温泉客。

 宿の従業員。

 客を目当てにした露天商人や商店主。

 温泉郷の増築のために村が雇った大工たちや日雇い労働者。

 そんな労働者たちを目当てにした大店の店主たち。

『魔の森』の希少な魔物を目当てにやってきた冒険者。

 冒険者たちから魔物素材を買い取る商人や、肉を買い取る精肉業者。

 冒険者たちを目当てにした鍛冶師や武器商人。

 もはや、温泉客以外の人々のほうが圧倒的に多くなっている。


 温泉客は、温泉宿の部屋や食堂でアズマ料理に舌鼓を打ったり、他の5つの宿の食堂で食事をしている。

 だが、温泉宿はあくまで温泉客たちのためのものだ。

 ならば、温泉客以外の人々はどこで食事をする?

 その答えは――


俺「アズマさんが開いた大衆食堂『アズマ食堂』!

 またの名を、『ホール地獄』!」


 ――ガヤガヤ、ワイワイ

 ――ワーワー、ギャーギャー


俺(今日も荒れてるなぁ。50席もあるのに、常に満席。さらに外には長蛇の列。

 労働者や冒険者にとって、ここが唯一の食事処だからなぁ)


俺「今日の、私からの依頼はこちらです。

 あのとおり、ベテラン仲居さんですら目を回す惨状でして。

 有用で有能で仕事がおデキになるリリン殿下に、お力添えを賜りたく」


リリン殿下「ふふん。造作もない」


俺(今でこそ余裕の表情だけど、この地獄はさすがの殿下でもどうにもできないはず。

 女の子をイジメてるみたいで心が痛いけど……

 リリン殿下にはなんとしてでもあきらめてもらわねば!)





   ◆   ◇   ◆   ◇





 数十分後。


エプロン姿のリリン殿下「オーク丼お待ち!

 お水のおかわりはご入用ですか? ガブリエラ印の温泉水は絶品ですよ」


客「お嬢ちゃん、新入りかい? 注文を頼めるか」


リリン殿下「喜んで!(にっこり)」


客「オーク丼大盛りつゆだくショウガ抜き温泉卵半熟。エールも付けて」


リリン殿下「まいどあり!」


客「嬢ちゃん、こっちも注文頼むわ」


リリン殿下「どうぞ!」


客「バトル・オブ・チキン親子丼玉子固め大盛り玉ねぎ抜きにたまごスープも付けて。あと温泉水をホットで」


リリン殿下「かしこまりました!」


客「嬢ちゃん、コレおかわり」


リリン殿下「3番テーブル様はエールのおかわりですね!」


客「店員さーん」


リリン殿下「すぐにまいりますね!」





俺(踊っている!)





 俺は、リリン殿下から目が話せない。


俺(まるで一流のダンサーだ)


リリン殿下「オーダー入ります。~~~~(すらすらと、膨大なオーダーを間違えることなく厨房に伝えていく)」


ベテラン仲居「ストレジオ様、どなたですかあの子は!?

 一度聞いたことは絶対に忘れませんし、調理場が最も効率良く回るように調整したうえでオーダーを入れてくれますし、それでいてお客様には『順番前後恐れ入ります』と声がけしたり、お待たせするにしても不満を溜める前には必ず商品をお出ししますし。

 あんなベテランホール戦士、私が若い頃働いていた領都一の大食堂にもいませんでしたよ。

 欲しい。この店にずっと欲しい! 何者なんですか!?」


俺「い、いやぁ。親戚の子でして」


ベテラン仲居「親戚、ということはあの子もお貴族様?」


俺(貴族どころか……)

俺「そんなところです。けど、お忍びなので内緒でお願いしますね」


ベテラン仲居「お貴族様でさえなければ、今すぐ雇いたいくらいです。

 というか、娘に欲しい!」


俺(ベテラン戦士をして、ここまで言わせてしまうとは!

 俺も前世ではサーストフード店のホールでバイトしてたけど、ここまではムリだった。

 っていうか普通、3つ以上注文言われたら、テンパっちゃって忘れちゃうって)





客?「おらぁっ、責任者出てきやがれ!」





俺(なにごと!?)


ベテラン仲居「ど、どうされました、お客様!?」


モヒカン頭の、治安悪そうな男性客「皿の中にアレが入ってたんだよ!

 台所に出てくる例のアレが! この店はロクに清掃も行き届いてねぇのか!?

 責任者を出せ!」


ベテラン仲居「え、えーと。ストレジオ様、私はアズマさんを呼んできますので、その(旅館のほうへ走り去っていく)」


モヒカン男「責任者はどいつだ!?」


店員たち「「「「「…………(俺を見つめる)」」」」」


俺(で、でっすよねー。

 この店のオーナーは俺。俺はまだ見た目7歳児だから、こういうトラブル時にはアズマさんが対応してくれるけど、彼はこの時間帯、旅館のほうで働いているわけで……)


モヒカン男「ああん? なんだぁガキ?」


俺「わ、私でしゅ……」

俺(怖い怖い怖い! 前世ではケンカなんてしたことなかったし、このおっさん、今の俺の2倍近い体してるし!)


モヒカン男「ああん!?」


俺「せっ、責任者は私です! どうかなさいましたか、お客様?」


モヒカン男「だぁかぁらぁ。さっきから言ってるだろうが!

 俺の皿に、台所に出てくる例のアレが混入していたんだよ!

 ほら、これだ!(黒光りする例のアレをフォークで突き刺す)。

 こぉんなもん客に食わせるなんて、どうなってんだこの店は!?

 謝れ。誠意を見せろよ。俺ぁ出るとこ出たっていいんだぜ?」


俺「せ、誠意とは……?」


モヒカン男「だから、和解金だよ」


俺(この店は、俺が毎日【収納】ですべての汚れを除去してる。

 それに、食堂の周囲に例のアレをはじめとする虫がいたら、それも【収納】している。

 だから、この人が言っているのは多分、ウソだ。

 けど、どうやって伝えれば……)

俺「と、当店は清掃が行き届いておりまして……そ、その、例のアレが混入するなんてことは――」


モヒカン男「ああんっ!?」


俺「ひえっ」





リリン殿下「あらあら、おかしいですねぇ」





 リリン殿下の涼やかな声が、食堂を貫いた。

 ――シン

 と、食堂が静まり返る。


リリン殿下「当店では、例の黒いアレのトッピングは行ってはございません。

 それに、例のアレを領都ソリッドステートから買い付けてもございません」


モヒカン男「あ、ああん? どういう意味だ?

 俺がウソをついてるとでも言いたいのか!?」


リリン殿下「【収納】!」


 ――でんっ(モヒカン男の鼻先に、超巨大な例のアレが出てくる音)


モヒカン男「ひえっ!?」


リリン殿下「こちらが、この村近縁に生息する例のアレです。

 このとおり、『魔の森』の瘴気を吸っているせいで、とんでもなくデカいのです。

 と・こ・ろ・で。

 お客様は、例のアレがずいぶんとお好きなんですねぇ。

 わざわざ領都から持ってくるほどなんですから。

 どうです、もう1匹?

 さぁ、口を開けて。遠慮はいりませんよ。さぁさぁさぁさぁ!」


モヒカン男 あらため 詐欺野郎「ひ、ひえっ。覚えてやがれ!(走り去っていく)」


 ――うおおおおおおおおおっ!

 ――パチパチパチパチッ!


客「嬢ちゃん、カッコ良かったぜ!」

客「サイッコーの啖呵だったな!」

客「見ていてスカッとしたぜ」

客「アイツは確か、領都でも同じ手口でカネ巻き上げてやがった悪党だ。これでもう、温泉郷に出入りはできねぇな」


 ――トゥンク(俺の胸が高鳴る音)


リリン殿下「ふぅ。ほら、レジ。悪は去ったぞ(ニヤリ)」


俺(かっこい~~~~~~~~!

 可愛くて有能なうえに、肝まで据わっているなんて!

 ヤバい。マジで好きになりそう……)


リリン殿下「お騒がせいたしました(客たちに向けて、優雅に礼)。

 少し、下がらせていただきますね」


 リリン殿下がバックヤードへ入っていく。

 俺は彼女のあとを追いかける。


リリン殿下「ふぅ。さすがにちと疲れが――――……」


俺「殿下!?」


 リリン殿下の体が、膝から力が抜けるようにして崩れ落ちた。

 俺は慌てて彼女を支える。


俺「殿下、殿下」


リリン殿下「…………」


俺(気を失っている!? こ、これってつまり――)


 リリン殿下が、倒れたのだ。

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