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第3話その者、婚約者につき

。。人物紹介。。


リジュナ・・・・・・声霊術師。王都にいたものの、婚約者から逃げてきた貧乏貴族の娘。夕焼け色のロングヘアに新緑の瞳。



 「だって、軍隊帰りのマッチョなのに中身はナンパだし。」


 と、いうのがリジュナの意見。


 とはいっても大金を前にその使い道を相談する楽しそうな両親を見ると断りたいとも言い出せず、途方にくれているところにリーシャからのアクア行きに誘われ、逃げるようにここまでついてきたのだ。


 「で?その婚約者殿は何をしに来るの?」


 「話しがしたいって。」


 確かに正論である。逃げた婚約者を連れ戻すために話をするためにやってくるのだ。説得という名の話し合いに。


 「手紙が届いた翌日来るとはね。」


 「マメな男だな。」


 「と、いうよりエルロンド卿が一方的に追い回しているだけね。」


 郵便事情を考えると、出した翌日には出発したのだろう。おそらく逃げる隙を与えない為だろうが、貧乏とはいえ貴族相手と思えばいささか非礼とも思えるが、リーシャはあえてそこには触れないことにした。


 室内から庭を眺める少女たちは茶をすすりながら異邦人を観察していた。


 庭の一角に作られた小さな菜園に水をまくリジュナのそばに噂の男は立っていた。


 「そういえばリーちゃん、昨日の夜なんだけど……。」


 「知ってる。」


 「え?」


 手にしたカップをソーサーに置き、黒髪セミロングの少女は青い瞳を開いて2つ下の妹、リーシャを見つめた。


 「シェルちゃんが言いたいのは昨夜あの男が夜這いを謀ったことでしょう?それならちゃんときづいてたよ?」


 「気づいていたのにほっといてたの?」


 「2階には男は入れないよう、ここに住んだときから細工してたの。本当は万が一野党とか来たときにみんなの身を守るのが目的だったんだけど。こんなとこで役に立つとは。」


 「今朝階段のとこで見つけたけどあれってどうなってるの?」


 「簡単な仕掛けだよ。幻覚でずーっと同じ段を登り続けるの。」


 「どうやって解除するの?」


 「上から突き落とすだけ。」


 「ひどっ。」


 「なかなかしぶとそうな男よね。ちょっとくらいリジュナの味方したってバチはあたらないでしょ。」


 姉妹の会話を聞きながらユイエは不意に口を開く。


 「リジュナといえば……。確か年下の子に片思いしてるんだよねー。」


 『え?』


 室内でのそんな会話などリジュナは知る由もなく、暑さとは違う別の汗をかきながら作業に没頭しようと必死だった。


 色素の薄い茶色の髪、エメラルドのようにきらめく瞳。


 (煌めきすぎだよう……。)


 スラリとした長身の体は程よく筋肉質である。


 「私マッチョ系嫌い。メガネの草食系がいいのに……。」


 「リジュナ?なにか言った?」


 「い、いえぇ〜。なんでもないです……。こっちの話です。」


 「そう?」


 ニコリと笑った口元から覗く白い歯。


 「なんか無駄にキラキラしてるんだよね。」


 セントラルでも有名なプレイボーイ。それがラウス・エルロンドである。


 「それよりさっきから何をしているんだい?」


 「何って、野菜に水をやってます。」


 「それは見ればわかる。」


 (じゃぁ、なんだと……。)


 「そんな仕事は庭師か何かの仕事だろう。なぜ貴族のキミがする必要があるんだ?」


 「え?」


 「中に人がいるじゃないか。そんなこと一般庶民の彼女たちにさせれば良いだろう。ここで一番身分の高いキミがすることじゃない。」


 「はい?」


 一瞬何を言われているのか理解できなかった。しかしゆっくりとその言葉たちを消化していくと何か沸き立つものを感じる。はたしてこの感情をなんと呼ぶのだろう。


 「わ、私は好きでやっているんです。それに中にいるのは庭師でもなければ召使いでもなく、友達ですっ!」


 「友達?庶民なのに?付き合う相手は選ばなければならないよ。そうだ、私と結婚したらいい友達を見つけてあげよう。」


 思いもかけないラウスの言葉にリジュナはただただ言葉を失うだけだった。思えばこんな高慢なところも嫌いだった。


 リーシャ曰く。


 「育ちが良くとも頭が悪い。」


 と、言うらしいが……。


 「友達じゃなくて愛人を紹介するの間違いでしょ。」


 ふってわいた言葉に問い返す間もなく、大きな音と共に水が飛び散る。


 「ミオちゃん……。」


 「少しはリジュナの手伝いになったでしょ。」


 「何をするんだっ!」


 ものの見事に横っ腹に蹴りを入れられたラウスの落ちた先は土蔵のそばにある小さな池。


 頭のてっぺんから足の先までずぶ濡れになった男は池の中で抗議の声を上げるものの、赤毛の少女は波打つ長い髪を後ろに払って鼻を鳴らす。


 「働かざる者食うべからず。同じそばにいるなら手伝うべきじゃないかしら。」


 腰に手を当てて池を見下ろすミオとずぶ濡れのラウスを交互に見つめるリジュナの耳に突如聞き慣れぬ音がする。


 「地震?」


 「早馬じゃない?」


 「早馬?なんでこんな田舎に?」


 「げ、あの音は……。」


 「え?」


 「エルロンド卿?なにか…」


 言いかけて門の方を振り向く。そこへ騒ぎに気づいた中の娘たちが駆け出してきた。


 「やかましい…。一体何事?」


 音は次第に大きくなり、門を抜けて庭までやってくる。漆黒の鍛え抜かれた軍馬は主人の命令に忠実で、命じられるままに足を止めた。


 「突然の訪問と馬上よりの非礼お詫び申し上げる。」


 堂々とした言葉と態度。艷やかな金髪に新緑の瞳に誰もが釘付けになる。しかし、それとは似合わぬ幼い容姿。


 「ヒース。」


 「ヒースって……。エルロンドのご当主……。」


 「え、この子が?」


 「噂には聞いていたけど。」


 騒ぐ娘たちの耳にリジュナのつぶやきは聞こえず、ただ風にのって消える。


 「ヒース様……なんで、ここに……?」



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