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第20話 冒険者は罠を踏む

 地下へと掘り進む形のこのダンジョンでは太陽の動きもわからず時間の間隔が分からなくなる。特にダンジョンが初めてのフロンティアは前日の寝不足も手伝っていつもよりだいぶ寝坊をしてしまった。


 普段早起きのフロンティアにとってはありえない事態である。おまけに寝ている様子を四人の男たちに見つめられていたとなればその羞恥は押して図るべしといったところだろう。


 「寝ている姿も可愛いねぇ。」


 「まさしく妖精だな。」


 「トマホークくん、いい加減抱っこするの代わってよ。」


 「今動いて起こしてしまったらどうするんです?昨日魔力をたくさん使って疲れているのですからきちんと休めてあげなくては可哀そうじゃないですか。」


 どこか遠くから聞こえるささやきにフロンティア身じろぐ。まだ夢の住人である彼女は今の状況を理解していない。


 「―――ん?ん~。」


 反射的に身をよじって頬に触れるぬくもりを確かめるように額を寄せて手触りの良い布を手でぎゅっとつかむ。あと五分……。


 「うっ」と赤面し狼狽する男たちは天を仰いだり口に手を当てたり、視線はせわしない。そんななかトマホークはその存在をいたわりトントンと優しく背を叩く。


 「はー。僕のティアが可愛すぎてつらい。」


 「お前のじゃない。」


 「今のところはね。先は誰にもわからないだろう。」


 「その道理でいくと俺のものになることもあるな。」


 しゃべりこそ冗談のを囁きあうようにしているがその語気には火花すら散っている。


 そんな中で困惑気味な声が上がる。


 「あの…おはよう…ございます…?」


 よもやトマホークの膝に抱かれてしかもその彼にしがみついて目を覚ましたフロンティアは寝ぼけた頭で必死に昨夜のことを思い出す。


 (なんでこんなことに?っていうかなんでみんな集まっているの?)


 状況が把握できずに冷や汗が止まらない。しかし、この状況について誰もからかうどころか触れようともしないのはフロンティアにとってありがたかった。


 ひとまずトマホークの膝から降りる。その時彼が残念そうにしていたのは気のせいだろうと自身に言い聞かせて簡単な身支度と食事を済ませたメンバーは次の階へと進むべく階段を下りた。


 二階に生息する魔物も強敵とは言い難く、フロンティア一人でも倒せるが、せっかくパーティを組んでいるのだからと、フロンティアと交代で男たちが組む形で戦いまずはコンビで戦うことから慣れようということに決まった。


 攻略は順調に進んだ。そもそも冒険者でダンジョン攻略組である獣人の彼らにとってこのダンジョンは一人で入り三日で出てこられるような場所だ。早々に問題など発生しない。


 しかし、ここで一つの問題点がある。それはテディがこのダンジョンが初めてということ、そして二階層の地理が変化していたこと、さらに人生でやっと出会えた番を伴っていたことで浮かれたこともある。


 「あ、何か踏んだかも。なんかごめん…?」


 ちっとも悪びれた様子もなくテディはつぶやいた。


 「足置いたらカチッて。」


 「踏んだのか……。」


 呆れたようなクロウのつぶやきとほぼ同時に地鳴りがする。


 「これは……地震?」


 「いや、地鳴りだな。ってことは発動した罠は巨石か。」


 「ティ~アちゃん♪ちょいと失礼するぜ。」


 「え?は?ヴァイスさん、ちょ、な!?」


 言うが早いか、ヴァイスは素早い身のこなしでフロンティアを抱き上げる。まるで幼子でも抱き上げるように軽々と片手で横抱きにすると元来た道を皆一目散に駆け戻る。


 状況の把握できないフロンティアは突然の出来事に困惑しヴァイスの後頭部越しに真ん丸の巨石がゴロゴロとそのスピードを上げながら迫ってくる様子を見つめているしかなかった。


 本当ならば「自分も走れます」と声をかけたかったが、背後から迫る5メートルはあろうかという転がる岩を前にそんなこと言えば迷惑をかけるのは言うまでもなかった。これ以上足手まといにならないよう迫りくる恐怖を見つめ振り落とされないようヴァイスの首に両手を回し少しでもおとなしくして彼の走りの邪魔をしないことだった。


 しばらく通路を後退したところで


 「あとよろしくねぇ~。」


 と間延びした声でヴァイスは告げると素早く窪みに身を隠した。


 勢いで飛び込んだそこは二人で入るには狭く、二人が密着した状態でやっと潜り込めた。ゴロゴロと巨石の転がる音が遠ざかってフロンティアはやっと肩の力を抜いた。


 「ヴァイスさんありがとうございました。あの、重たかったですよね……。」


 抱えられたために体重を気にするフロンティアは羞恥のあまり俯きたいがそれすらもこの狭さではかなわない。暗がりになっているので赤面しているのは見えていないはずと祈るばかりだ。


 「ズルい・・・。」


 「へ?」


 突然降ってきたか細い声に思わず視線を上げる。そこには切なげに眉根を寄せる端正な顔立ちが思ったよりずっと近くにあり心臓が跳ねる。


 「俺も呼び捨てがいい。敬称なんて付けられるのは仲間外れみたいでいやだ。」


 「や、でも……。」


 唐突な言葉に頭がついていかず困惑する。そもそも今の状況も含め二度助けてはもらったが、では親しいのかと言われるとちょっと違うと思う。すでに三日を共に行動しているが信じていいのか判断がつかない。悪だくみとか騙そうとしてるとかは感じないが……。


 とにかく話題を変えようと試みる。


 「み、みんな無事でしょうか?テディは体が小さいから避けれそうですが、一番大きいトマさんは避けるには通路が狭そうですし。」


 「ティア。」


 ふいに真面目な声がして肩が跳ねる。


 「せっかく二人きりなのに他の男の名前なんて出さないで。」


 「へ…?」


 予期せぬ言葉に素っ頓狂な声が上がる。


 「でないと、その口塞いじゃうから。」


 耳元でささやかれて思わず口を結ぶ。視界の端で黒く長い尻尾がゆらゆらと揺れている。


 「ねぇ、ちゃんと俺のこともヴァイスって呼び捨てにして?でなきゃ悪戯しちゃうよ?」


 「ちょ、なんでそうなるの!?」


 小さな抗議の声を上げてみるもそれはまるっと無視されて頭部に柔らかな感触が触れる。それはやがて前髪を大きな手に避けられて額に口づけられ、こめかみでチュッとリップ音がし、耳へと押し付けられる。


 「や、ちょっと待って。」


 どうにか抵抗しようにも身動きすらできず離れてもらおうと手で押してみるがその胸板はびくともしない。


 舐るように耳たぶを弄ばれ自分のものとは思えぬ色を乗せた声が口から洩れる。


 「あ、やぁ、ひゃっ――!」


 「ティア、可愛いよ。ねぇ、その可愛い声で俺の名前呼んで?」


 「あ、あぁ…ヴァ。」


 「ん~聞こえないなぁ。チュっ、早くしなきゃ唇もらっちゃうよ?」


 悪戯っぽくささやかれると耳たぶを甘く食まれる。


 「や、ぁ。」


 ヴァイスのシャツが皴になるのも構わず反射のようにその服をぎゅっと握りこむ。


 『ヴァイスっ!』


 必死で上げた声に別のものが重なり、急に視界がまぶしくなる。


 「ヴァイス最低~。」


 「人に罠押し付けて何してるんですか。」


 「ティア、大丈夫か?」


 どうやらヴァイスは窪みから引っ張り出されたようで、開かれた視界にクロウの焦った顔が手を差し出してくれた。その手を取って窪みから出ると、予定通り名前を呼ばれたのが嬉しいのか楽しそうにニヤニヤするヴァイスと、複雑そうな三人の男の顔にフロンティアは何も言うことができず、赤面させてた顔にさらに熱を集めるのであった。





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