結果から言ってしまおう。一階の攻略は何も問題なかった。低級の魔物ばかりだったのも良かったのだろう。危なげなこともなくフロンティアは魔法で次々と魔物を薙ぎ払い、せっかくだから地図が全部正しいかを確認すべく、一階部分すべて確認して回った。結果丸一日を一階の攻略にかかり、今は階下につながる階段前で休息を取っていた。
「時間はかかりましたがなんとかなるものなんですね。」
薪のはぜる音を聞きながらフロンティアは呆然とつぶやく。
通常ダンジョン攻略組であればどんな魔物が生息してるとかどれくらいの強さで自分の力量がどれくらいなどということを把握しているものだ。
しかし、フロンティアはこれまでのほとんどを採集などの依頼ばかりこなしていたし、人通りの多い地域の定期的な魔物狩り程度までしかしたことがなかったので、自分の力量など把握していなかった。本人も地味な単純作業が好きだったため尚更その状況に拍車をかけていた。
「次の階はどんな魔物がいるんだろう?」
焚火の明かりを頼りに地図を確認する。二階の見取り図の横に縄張りとしている魔物の名前が書かれている。それを見つめているがはっきり言ってなんなのかわからない。
一階で最も多くいたゼリー状のプルプルした魔物は見たことがあるので知っていた。それ以外のものは実物を見ながらヴァイスやトマホークが教えていた。本物を見ないと名前と一致しないのだ。
「ん~。名前だけじゃわからない。」
「図鑑でよければありますよ?」
言葉と同時に差し出された図鑑にフロンティアは目を丸くした。
「トマさんはいつも持ち歩いているんですか?」
「最近はそうでもなかったんですが、私もダンジョン経験が浅い時期は持ち歩いてましたよ。どんな魔物は毒があるのか、何に気を付けるかなどすぐわかりますからね。」
こんな分厚くて重いものをいったいどうやって持ち運んでいたのか謎には思ったが、あえてそこは触れないことにする。
今夜は途中で狩った魔物の肉があったので単純に塩で焼いて食べた。完全に焼き肉形式だ。イノシシにも似た魔物はちょっと硬かったが匂いも癖もなくおいしくいただけた。次の階でも魔石を抜く前に食糧確保と心に決める。
たらふく肉を食べたからか男たちは寝袋ですでに寝息を立てている。その様子を横目で見ながらフロンティアは気になって仕方ないことが一つ。
しょうがないとは思いつつもどうも見逃せなかった。この階では出てきた魔物はすべてフロンティアが狩ったのだが、そのあとの処理は任せろと男たちが解体し、食用にできるものはそれ用に捌き、魔石を抉りだした。そのため、彼らの服は魔物の血で汚れている。
もちろんダンジョンの中なので風呂などあるわけがない。仕方ないことだとわかっているし、それがダンジョンでは当たり前なのだが赤黒く汚れたそれを見て見ぬふりはできなかった。
寝ているクロウにそっと近づき、寝袋の上から手を当ててそっと力を込める。
(使うのは光と風と水。)
同時に属性の違う魔法を発動させるのは難しいのだが、この組み合わせだけは毎日練習した結果フロンティアの得意魔法とまでなりつつある。
発動した魔法は発光と蒸気を伴い、かけられた者を綺麗にした。
その様子に満足すると、ヴァイスとテディにも同じことをする。
「まさか同時発動しているんですか?」
驚くトマホークは火の番のため起きていた。寝ている三人に掛けられる魔法の様子を見守っていたが、やがてその手が自分の胸のあたりに添えられてピクリと体が跳ねる。
「あ、ごめんね、汚れたままは嫌じゃないかなぁって思ったんだけど。」
だめだったかな、とつぶやくフロンティアに柔和な笑みを向ける。
「いえ、ありがとうございます。」
トマホークと一緒に自分も清めるとまた図鑑を見つめる。
(この図鑑絵もよく描かれているし色も綺麗。街で買えないかなぁ。)
図鑑でありながらも一冊の画集のようなその本にフロンティアは目を輝かせた。ずっと見ていられる。と思いながら食い入るように見つめていた。次の階にいる魔物については後ろのページについている索引からしべられるのもいいと思った。
「トマさん、これ知ってます?幻惑ってあるんですが・・・。」
「どれですか?・・・ああ、この種は「っくしゅ!」
後ろから一緒に図鑑を覗こうとしたとき不意にフロンティアからくしゃみがした。そういえば少し冷えてきたかもしれない。とは思うがこれ以上傍観できるような毛布もマントもない。
「冷えてきましたね。」
言葉と同時にトマホークは羽を広げ、自身と一緒にその翼でフロンティアを包む。
「と、トマさん!?」
「先ほど綺麗にしていただいたのでお返しです。これなら暖かいでしょう?」
「そ、それはそうなんですが。」
翼に包まれるということは自然と背中越しに彼と密着しているということになる。おまけにいつの間にか胡坐をかくトマホークの足の間に座る格好となってしまっている。思わぬ密着に別の意味で体温の上昇を感じてフロンティアは先の言葉を失う。
「この幻惑と言うのはですね。」
後ろから図鑑に手を伸ばしたトマホークはそれを持つと見やすいように膝で抱えた結果後ろから抱き着くような形になる。解説するたびに柔らかな声が耳をくすぐる。それはとても暖かく優しくて、フロンティアの瞼は重くなっていく。
(さすがにこれは・・・まず・・・んじゃ。)
このまま寝てしまうのはまずいと思うのだが日中魔法を使いまくっていた反動と昨夜の睡眠不足も手伝って体は鉛のように重みを増す。それに引きずられるように意識は遠のいていった。