目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第16話 青狼は箍を外す

 やっぱりついてきて正解だったなって思った。


 聞いていた白熊獣人は確かに小さかった。が、それは見た目の話しだ。人族であるフロンティアにはわからないだろうが、獣人はその体から発する匂いから相手がどんな種で何歳くらいなのかや健康状態もわかったりする。


 だからこそ俺もトマもすぐに気づいた。


 (コレのどこが子供なんだっ!)


 それどころか俺やトマより年上じゃないか。完全に見た目に騙されている。フロンティアのこれまでを思うと人どころか獣人の良し悪しの判断方法など知らないだろうとは思ったが。


 おまけにこの白熊野郎はその見た目を遺憾なく発揮し、べたべたとくっつく。すぐそばに行くし、手は握るし、しがみつくし。


 俺が何年も我慢して焦がれたことをぽっと出の奴に持っていかれるなんて!


 トマが相手なら許せる。あれは鳥族でも美声だし見目も茶色で一見地味だが端正な顔立ちだし、愛嬌もあって会話上手だ。きっとフロンティアを楽しませるだろう。勝てる点は『フロンティアと過ごした時間の長さ』くらいのものだ。


 おまけにトマには俺の事情もこれまでの経緯も全部話してる。だからこそ負けても諦めがつく。それなのになぜ俺が長年我慢していたことを他の奴が許されるんだ。


 醜い嫉妬だとわかっている。それを留められるほどこの思いは軽くない。拗らせているとも思う。わかっていてもどうしようもなく焦がれるのだ。


 焚火を囲んだ話し合いの後、それぞれが寝袋で寝息を立て始めた。俺は火の番なので木の根元に寄りかかりながらじっとそちらを観察する。


 一番聞きたいフロンティアの寝息が聞こえない。


 無防備に寝入った彼女の呼吸音ならさぞ耳に心地だろうし、きっとかわいいだろう。そんな邪な期待はいまだ叶わない。


 耳をそばだたせてみてもため息にも似た呼吸だけが聞こえる。


 眠れないのだろうかと心配になるが、声をかけて微睡の邪魔はしたくない。時々小枝を火にくべて、目と耳でその様子に細心の注意を払う。風が運ぶ彼女の匂いからして病気ではないと安堵する。


 また火に小枝をくべようとして少ないことに気づき、腰を浮かす。かさりと草が揺れてわざとフロンティアの脇を通るとその寝袋がピクリと動く。


 (戻っても寝てなければ何か暖かいものでも飲ませるか。)


 確かカバンの中に薬草茶があった。あまりおいしくはないが体にはいい。むしろちょっと起きててほしいとすら思った。


 一抱えできるほどの小枝を拾って戻ると、その寝袋はペタリとしコートが乗せられていた。枝を置き匂いをたどる。どうやら湖に入ったのかと視線を向けると岸から少し離れたとこに光が集まっている目を凝らしていると手が見える。水面が凪いでいることから溺れているわけではないらしい。


 しばらく様子を見るか迎えに行くべきか思案しているとその体が起こされ、水にぬれた姿が月と小さな光たちに浮かぶ。その様子はどこか儚げで今にも幻と消えてしまうのではないかと不安になった。


 獣人とは呆れたことに頭より体が先に動いてしまう。


 (行くな。もう見守るだけなんて無理だ。)


 情けなくもそう思ったころには体を翻し湖に飛び込んでいた。着ていたマントが水けを吸い重く纏いつく。わずらわしいそれを取ってざぶざぶとそばに行くと、その存在を確かめるように掻き抱いた。


 華奢な体はすっぽりと腕に納まりぎゅっと抱きしめる。確かめるように何度も呼べば戸惑うような仕草で抱き返されて体が泡立つ。


 (ああ、ここにいる。やっとそばにこれた。)


 安堵と嬉しさで涙がこぼれる。背中にある小さなぬくもりに胸が震えてもう話したくないと言葉にするのももどかしくて何度も抱きしめた。


 一瞬彼女の肩がピクリと跳ねた。顔を覗き込めば月明かりでもわかるほど赤くなっている頬が俺を意識してくれてると教えてくれたようでまた嬉しくなる。


 (こんな可愛い顔をされたら悪戯をしたくなる。)


 褒められたことではないとわかりつつも、ずっと強いていた禁欲生活の反動が襲ってくるように今この時囲う存在を自分のものにしたいと欲を張る。無意識に頭を擦り付けてマーキングをすると彼女の体が跳ねる。


 (ああ。耳に当たったからか?)


 人族のメスは耳が性感帯の一つだと聞いたことがある。確かめるように囁けば体を硬くする。どうやら間違いないらしい。でもどうせなら固い反応ではなく別のものがいい。息をかけるように言葉を紡ぎ、舌先でその柔らかな耳型をなぞれば初めて聞く類の声に背中がゾワリとする。心地よい恐悦の音に体がざわめき熱を持つ。


 (可愛い。もっとその声が聞きたい。もっと追い詰めて頂点に登ったらどれほどのものが見れるだろう。)


 このまま欲にまみれてしまえればどんなに幸せかと思うが、そうもいくまい。こんなところで花を散らすのは不本意だ。どうせなら真綿のように柔らかな床がいい散らされた花弁はかぐわしく美しかろうと思えばまた背中に何かが走る。


 (それに一人抜け駆けは良くないだろう。)


 自嘲するように笑みを浮かべてそっとフロンティアを抱き上げる。岸に戻ってしぶきを落とそうとすれば、さえぎるように胸元に手を当てらると、ぶわりと蒸気が上がり全身が乾いている。


 (これがフロンティアの魔法・・・。)


 暇さえあれば家まで彼女の様子を見にっていたので何度か遠目で見たことがあるが、こうして彼女の魔力を感じたのは初めてだった。


 そっと寝袋の上に彼女を置く。


 「ありがとう、おやすみ。」


 と、声をかけて慈しみを込めて髪を撫でるが、離れた体温が寂しくてもう恋しい。そんな気持ちを気づかれないようにゆっくり離れ火に枝を入れる。元居た木の根元に腰を下ろすと、ゆっくりと深い穏やかで規則正しい寝息がかすかに届く。


 (ああ、やはり寝息すら愛おしい。)


 「ムッツリめ。」


 「余裕のない男は嫌われますよ。」


 「送り狼はには早すぎるだろ。」


 「―――っ!!」


 思わぬ声に殺気を飛ばすもどこ吹く風、すぐまた別の寝息たちが聞こえる。


 「くそっ。やっぱ唇くらいもらっとくんだった。」


 暗につぶやけばどこからか小枝が飛んできた。ひらりと避けて火に投げ込んでおいた。


 「ち。」


 と、聞こえたのは気のせいだろう。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?