初めてのダンジョン攻略は波乱の幕開けとなった。
そもそもこんなゾロゾロとなる予定ですらなかった。
昨日は白熊獣人のテディがダンジョン攻略を手伝ってくれるから始まり、ヴァイスさんがそれを聞きつけ、クロウとトマホークが共に行くと言い出した。それぞれバラバラのタイミングで言い出した結果、状況確認や説明をする前に雁首揃えた面々はフロンティアが見るにどうも雲行きが怪しい。
(空気が重い。)
ギルドカウンターでパーティの仮登録を済ませて出発したものの、エスコートすると約束していたテディが先頭に立ち手を引けば距離が近いとトマホークが間に割って入り、こっちのほうが道が近いとヴァイスが別の道を指し、それでは道が悪くて慣れない者は歩きにくいとクロウが指摘するも、フロンティアが初めてなのだから街道沿いにわかりやすい道を選ぶべきだということに落ち着き、下手に誰かがしゃべれば誰かが指摘をするという悪循環になっている。
(頭が痛い。こんなはずじゃなかったのに。)
少なくとも夕べベッドに潜ったときは楽しかった。最初はぎこちない関係でも次第に打ち解けてくれるのではないかと期待もしたし、初めてのダンジョンでどんな場所なのか、自分の力がどこまで通じて、なにが入手出来て、どんな魔物が出るのか。
戦うときの戦闘スタイルはどうなるのだろうかとか、フォーメーションや連携はどうしたらいいのかとかそもそも誰がどんな技を使うのか。
初めて人と関わるフロンティアにとってすべてが未知の領域だ。これまで大切な人を作れば失うことが怖くて、新しい誰かと知り合う勇気もなくて、駆けられる言葉には疑念しか浮かばなくて、人目を避けて息をひそめるように生活していたフロンティアが初めて「関わっても怖くない」と感じた人たちだ。
自然と先の未来を楽観視して気を緩ませていた自分に気が付く。
ギルドホールや食堂で繰り広げられる会話を席の端っこで聞いていたフロンティアはそれが楽し気で羨ましかったのもまた事実だ。攻略を立て、ダンジョンに潜り反省をしてまた挑んでと作戦会議とおぼしき会話を聞くたびに自分が入ったらどんな役割になるだろうと勝手に想像した。
でも現実はそんなに甘くなくて、己のふがいなさにため息が出る。
そもそも、最初に約束したテディを優先して他はきっぱり断れば揉めなかっただろうし、まあ別の機会を設ければ他の三人は納得したのでは?とか『タラ、レバ』ばかり出てきて、自然とため息がこぼれる。
「ティア、予定より出発が推したのもあるんだけど、今日は森の中で野宿になりそう。」
心配そうにこちらを見るテディにうなずきを返す。
「野宿ならしたことあるから大丈夫だよ。水場が近いほうがいいと思うけど。どこがいい場所あるかな?」
気が付けば日も落ち始めている。黙々と歩いていたフロンティアはいつの間にか自分たちが森の中にいたことに気づく。
「この先に湖があるからその近くで火を起こそう。」
気が付けば道程の会話からフロンティアは無言だった。男たちの会話を呆然と聞きながら視線を下げて足だけを動かしていた。そんなフロンティアの様子に異変を感じたのか、テディはしきりにフロンティアに声をかけるし、ヴァイスは苦笑いだし、クロウは苦いものでも食べたような顔だし、トマホークは明らかに狼狽えていた。
下を向いていて考えに耽っていたフロンティアは男たちの反応にどうしていいかわからず小首をかしげた。もう日が暮れる。そういえば休みなく歩いたからみんな疲れているだろうし、お腹だって減っているかもしれない。
(お腹が空いてるとピリピリなるっていうから、みんなもそうなのだろうか。)
思えばみんな朝からピリピリしていた。きっと朝ごはんを食べていなかったのかもしれない。そういえば昼も何も食べていなかったかもしれない。
(もしかして私が足を止めなかったからみんな休憩をいいだせなかった?)
出発が遅れた分や、一人女であるフロンティアの足では迷惑をかけると急いで動いていたが、それすら迷惑だったのかもしれない。とこれまで一人で活動していたフロンティアにとってはわからない事だらけである。なにもかも至らない自分に肩を落とす。
せめて食べ物くらいはおいしいものをせねば。ここで挽回しなければと焦る。
キョロキョロと見まわしながら手ごろな枝を拾い集めばがら歩く。しばらくして両手いっぱいになった枝にクロウが手を伸ばした。
「重いだろう。持つ。」
言葉は少ないが優しさを含んだそれに思わず笑顔が出る。
「ありがとう。」
と、つぶやけば何故か安堵の息が漏れる。何がとかと見渡せば皆一様に枝を手にしている。
(なんで?)
あまりに静かで鬼気迫り眉間にしわを寄せていたフロンティアに男たちは「自分たちの諍いのせいでフロンティアが怒った」と認識しており、フロンティアが野宿と聞き、枝を拾い始めたのを見てそれに倣っていたのだが、自分がそんな表情を浮かべていたことにすら気づかないフロンティアの頭は疑問符ばかりだった。
(気っと早く休みたいよね。ごめんなさい。)
男たちの「嫌われたくない」と息すら詰める様な状態にきっと疲れてるのだろうと考えてフロンティアは納得した。
湖はすでに月あかりでキラキラ瞬いていた。早く火を起こさねば魔物に狙われかねない。
荷物を下ろすより先に枝を組み始める。気を利かしたトマホークが火打石を差し出してくれたが、やんわりと断って枝に向かって力を込める。短い言霊の縁を結ぶと、仇はボッと音を立てて煙を上げる。
すぐさまカバンから巾着を二個取り出して赤い紐の方の口を解く。中からは鍋、網、お玉、鍋を火にかけるための道具とまな板と包丁が出てくる。
「ティア、もしかしてそれはマジックバックですか?その形は初めて見ます。」
驚くような響きでトマホークがその様子を覗いてくる。
マジックバックとはある一定数さえ守ればどんな大きさや重さのものでも入れることができる魔法のかけられたカバンのことで大体の場合30ほど入る。フロンティアのもっている巾着はそれの小型版で10個までしか入らないが、用途別に整理したい時などに便利なのだ。
彼女の持っているそれはかつて冒険者であった母の愛用品だ。結婚しても子供を授かる前まで旅に出るときに必ず母がもっていた三つの巾着を受け継いだのだ。
「たくさんは入らないのですが用途別に整理したいときに便利なんです。」
料理ができるように道具をセッティングしようと手を伸ばす前にヴァイスがそれを手に取り火の回りに準備してくれる。さらにテディが鍋を手に取り水を汲んできてくれた。
「そっちの巾着は何が入ってるんだ?」
やっぱり興味深げなクロウがそばに寄ってくるので、緑の紐の巾着を緩め手を入れる。ごそごそと探った後に引き抜いたその手にはニンジン、ジャガイモ、玉ねぎが握られている。
ちょうどいい大きさの平たい石を見つけ、その上にまな板を置いて野菜を切り鍋に投入して、今度は巾着から鶏肉を出す。一口大に切りそれも鍋に入れて蓋をする。作るのはシチューだ。獣人はシチュー好きが多いのでこれは欠かせないだろうと思っていたが早速役に立った。
シチューと並行して遠火が当たるように網をセットしてその上に熱くスライスしたパンを並べチーズを乗せていく。とろりととけたら巾着から取り出した木製の器に乗せていく。
(母さんもこんな日を過ごしたんだろうか。)
そんなことを思うのは巾着の食器は全部5つずつ入ってるからだ。一般にパーティは5人で組むものなのでそのために入れていたのだろうと想像したからだ。
出来上がったシチューをよそいこれまた木製のスプーンを乗せて振り向き差し出す。
「お口に合うかわかりませんが・・・・・・。」
人に料理を振舞うのも初めてで食べてもらえるかすら不安なフロンティアは思わずふふっと笑う。
それもそうだろう。日中あれほど険悪だった男たちが横一列に座って並びじっとフロンティアを見つめているのだ。
(子犬みたい。)
差し出された器を前にとろけるような瞳で礼を述べられて、ソワソワしてしまうが、その様子に気づくことなく男たちは食事に夢中のようだ。
「ティア、ごめんなさい。」
「へ?」
急にかけられたテディの声に間抜けな返事が口から洩れる。
「僕たちが喧嘩してから一日ずっと黙っていたでしょう?僕たちがあまりに大人げなくて怒ったんじゃないかと思って。」
一番容姿の幼いテディに『大人気ない」と言われることに違和感を覚えつつも、そんな誤解に驚いて、慌てて否定する。
「ち、違うの私誰かと冒険できることに舞い上がっちゃってみんなの気持ちも考えないで優柔不断で、きちんと判断できなかったからみんなをこんな出会い方にさせてしまったのも申し訳なくて、その、うまく説明できないんだけど……。」
焦るような物言いにテディだけじゃなく他の三人も言葉の続きを待つようにじっとフロンティアの言葉に耳を傾ける。
「私がもっとちゃんとしてたらまずはテディとの約束を優先させて二人で出かけるべきだったんだと思う。クーとトマさんとはまた別の機会だって設けられたはずだし、ヴァイスさんに恩返しがしたいならそれは助けてもらった私が一人で向き合うべきだった。それなのにこんな形になって、本当なら同じギルドの中でもっといい出会い方だってあったはずなのに険悪にさせてしまって、謝らないといけないのは私だと思う。だから、ごめんなさい。」
ぺこりと頭を下げる姿今度はに男たちが慌てる。
「ティアは悪くないよ!他の人もいいって言ったのは僕だもん。」
「それに今もう一度仕切りなおされても困る。俺たちは互いの利益が一致している。」
「そうだよ。目標が一緒ならまとめたほうがいいに決まってる。」
「むしろ俺たちの事情のせいでティアちゃんのはじめてのダンジョン攻略に水差してすまなかった。」
うなだれる男たちに目を瞬かせ困ったように見つめると、まるで捨てられた子犬のような視線にぶつかる。一様に尻尾がだらんと地面についているのを見ると相当反省しているのだろう。その姿を愛おしいと感じながらフロンティアは笑顔で囁いた。
「じゃぁ、これで仲直りですね。」