一体コソコソと何をしているのか……。
最初に思ったのはそれだった。
私の命の恩人であるクロウは仕事が早く終わると必ずどこかに出かけていく。助けられて以来雛が親鳥を追うように共に依頼をこなすようになっていた私はある日気になってついていってみることにした。
クロウは街の商店街を抜け一本路地に入っていく。それから塀を伝い屋根に上がり、袋小路までやってくる。
一軒の屋根の上にくるとじっとそこに座り込んで動かなくなる。
(何してんだ?)
ただ一点を熱心に見つめていたクロウがピクリと動いた。視線の先を追うと一人の少女が通りから入ってきた。
その少女から目が離せなくなる。全身の羽毛が逆だってぶわりと広がる。意識しているわけじゃないのに半獣化した翼が背中から生え、動かしているわけじゃないのにバサバサと大きくしなる。
その瞬間理解した。
(彼女が俺の番……)
歓喜と同時に絶望が訪れる。だってあの少女は、クロウがわざわざ会いに来た少女だ。あの熱を持った目は恋い焦がれる雄の顔だ。
(つまりクーも彼女が番。)
番に出会えたのは嬉しい。でも恩人であり親友のクーから奪いたいわけじゃない。むしろクーとの関係を壊したくない。
少女が一軒の家に入るのを見届けてはっとした。伺うようにクロウをみればその目はじっとこちらを見ている。
見られていた?彼女に反応する様を……?
すると離れた屋根にいるクロウが立ち上がる。
『おまえもなのか』
声は聞こえなかった。だがその口元がはっきりとそうつぶやいたのだ。
目を見開いた。怖くなって羽ばたいた。彼のおってこれない空へ逃げ出したのだ。
それから、クロウは彼女のことに触れることなく日々が過ぎていった。お互い意識しつつもその話題に触れるのは怖かった。
それでも求める衝動は抑えきれず時々あの家を見に行った。きっとクロウは気づいていた。なんなら同じタイミングになることもあったけどやっぱり何も言わないままだ。
そんな毎日の中でどこか諦めにも似たような気持ちすら出てくる。
大切な二人が幸せになるのならそれでいいかとも思う。それなのにこの虚しさと寂しさはなんだろう。
ぬるま湯にたゆたうような日々は突然変化を見せる。
仕事の達成報告にカウンターまで行くと彼女がその席に座っていたのである。
最初に感じたのは花のような甘い香りと鈴のような声に心臓を鷲掴みにされる。
彼女の姿を前にして目が離せない。初めてみたあの日のような衝撃。
それはどうもクロウも同じらしい。彼の瞳も彼女しか映っていない。もう少し成り行きを見守りたかったが、クロウがいるところで彼女と初対面を果たすのがいいと思ったのだ。
クロウのいないところで会うのは彼を裏切るようでいやだった。
初めて正面から見る彼女は可憐で美しくて清らかで輝いていた。こんな愛しい人が世の中にいるのかと衝撃すら感じた。
そのあとクロウから話しかけられた。わかってる。いつまでも逃げている場合じゃないんだ。この不安と恐怖はどこかで精算してしまわなきゃいけない。
お互い腹を割って話をした。大切なもの同士かけがえのないものの話を。結局どちらが選ばれても恨みっこなしということで落としどころが決められた。
そんな翌日、もう一度彼女の前に立つチャンスが巡ってきた。昨日のことを気遣ってクロウが二人で話ができるように気を使ったのだろう。こういう男気がクロウらしい。
その気持ちに感謝していたが、彼女に向き合って気づく。
なんだ?この匂い……一体誰の?
見知らぬオスの匂い。これまでなかった現象に焦ってクロウのもとに駆け出した。
それから事情を知るために仕事終わりの彼女を待った。
ライバルはクロウだけだと思ってた。だからこそ正々堂々なんて思っていたんだ。でもそれは私の都合のいい思い違いだったんだ。
だからこそ、クロウと共同戦線を張る。まずは敵を知らねばならない。