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第10話 青狼は思いを募らせる

 出会ったのは俺が7歳の時だ。それは近所に住む人間の女の子だった。子供ながらにその子が自分の番なのだとわかった。


 ドライアドの血を引くというその子は絵具を混ぜたようなエメラルドのサラサラな髪に、神秘的な金色の瞳は吸い込まれてしまいそうだった。


 顔が熱くなって心臓が爆発するんじゃないかってくらいドキドキした。ほかの女の子なんか目に入らなくて視線はティアに釘付けでいつの間にか探している。その笑顔が可愛くてかわいくて仕方がない。全身に甘いしびれが走る。


 彼女の父親が狼族ということもあって周りの大人たちも俺たちの関係に好意的だった。そうやって成長していく中で事件が起こる。俺のことを番だっていうシャムネコの獣人女がティアの腕を抉ったのだ。


 そいつの言い分は、自分が俺の番なのにティアがいるせいで振り向いてもらえない。人間のくせにって。ちょっと脅かそうと思って爪でひっかいただけなのに重症のふりをして、そんな弱っちい人族に俺はふさわしくない。とか好き放題わめいていた。だから言ったんだ。「俺の番はティアだけだ。」って。お前なんか知らないと。


 幸いなことに彼女の母親が光魔法持ちだったので傷跡は残ることなく回復したが、寝込んでいる間ずっと苦しそうで、何度もお見舞いに行ったが、自分がそばにいることでこんなめにあうのかと思ったら居た堪れなかった。


 狼族の子でドライヤドの血を持つ特別な女の子を守るため、大人たちは話をしてティアには一切の異性を寄せ付けないことに決めた。もちろん俺もそばに行けなくなった。外で遊ぶ時は両親か彼女の叔父が付き添ったし、必要なら一族の私兵まで派遣された。


 寂しくて辛くて苦しかったけど、それでも俺が我慢することでティアが元気で無事にいられるのならそれでよかった。仲のいい家族に囲まれて、いつか彼女が成人したら迎えに行くんだってずっと思ってた。


 後からしったことだったが獣人は年々、女児の数が減少傾向だ。その速度は速くあと50年したらどの獣人もメスがいなくなり、存続の危機となると言う。元々同族同士の婚姻は男児の出生率が高く繁栄を促すものとされてきた。そんな中でわかったのは人族との異類婚であれば比較的高い確率で女児が生まれるということだった。


 滅亡してもいいから純粋な同族婚を望むものと、滅亡するくらいなら人族の女をめとるべきとする意見のものとそれぞれの種族で大分違うらしい。ただ困ったことにこの国には人族が3割と少数派なうえに女ともなるとやはり数が少ない。そこでその問題を打開すべく獣人族で掟が定められた。


 【人族の女が獣人のみと婚姻する場合、最大5人の夫を迎えることができる。ただし、そのうち一人でも人族であったなら他の夫との婚姻は白紙とする。】


 それは獣人を守るため、また、今後の人族を守るための掟だった。


 たとえ番である俺がいても一族はその特殊な血を引く彼女がより強い個体を生む可能性を信じ、他の種族から隠すように守った。いずれ一族から選んだ5人をあてがうつもりで。


 そんな中また事件が起こる。


 一家を載せていた乗合馬車が出かけていた先で転落事故を起こしたのだ。その事故によって一家はみな無言の帰宅をした。たった一人人目から隠されて留守番をしていた少女のもとに。


 それからティアは1年家に閉じこもった。一族の大人たちは10歳を迎えた女の子が一人で生きるのは無理だと、これを機に種族の中に引き込もうとしたが、誰もその小さな家に近づくことができなかった。後に聞けば、あの家には結界がかけてあったのだという。もちろんそれをやったのはティアだ。その1年であの家に訪れることができたのは彼女の叔父夫婦だけだった。


 会いたい。そばに行きたい。傍らに寄り添って慰めたい。今すぐ抱きしめて「大丈夫だよ」って囁いてあげたいのに近づくこともできない。


 無力でもどかしくてどうにかなりそうだった。1年が過ぎてやっと少しずづ外に出るようになったティアはやっぱり誰もそばに寄せ付けずかたくなにあの家で一人暮らし続けた。その表情には光を写さないようなうつろな瞳で。彼女の叔父が言うには「残された自分は死ぬことは許されない。ただ家族を弔うんだ」と涙に暮れて語ったと聞いた。


 どうやら彼女は狼族の事情は知らないようで死んだ両親に代わり護衛をしようとした者たちを不審人物か繁殖用にと貴族に売り飛ばす人攫いだと思い魔法によって全部追い返した。


 やっと外に出てもこどものころのような笑顔はない。けして広い家じゃない。それでも家族との思い出が詰まったあの家で寂しくはないだろうか。今も泣いてはいないだろうか。ちゃんと食べて眠れているだろうか。


 自分の無力さに腹が立つ。せめて強い男になろう。人族の成人は18だそれまでまだ時間がある。誰よりも強くなって、迎えに行くと強く誓う。


 それから5年がたった。近所や商店街の人たちのおかげで次第に笑顔を取り戻したティアは生活のためにと15になると冒険者になった。けして過信せず無理をしない彼女はできることから始めて収集物に丁寧さがよいと定評がついて一安心したころ三度事件が起こる。


 やっと他人と交流を持とうとした彼女が騙されて廃墟に連れ込まれたのだ。助けに入る前に彼女は自力で逃げてきた。ことに及ぼうとした二人の男は4分の3殺しにしてギルドマスタ―に引き渡した。証拠も残さず殺さなかったことは褒めてほしい。


 そのあとまたティアは心を閉ざした。誰かと接触を避けるように朝早く行動し、日暮れ前に帰る。


 また泣いていないだろうか。


 心配はするけど近づくことができない。この距離に焦れる。


 そんな中やっと巡ってきたきっかけがあった。


 ギルドカウンターにティアが座ってる。


 きっかけはなんでもいい。忘れられていたってかまわない。それならまた一から始めればいい。だから、今度こそそばにいたい。もう離れているのは耐えられない。


 祈るような思いで名前を呼ぶ。そっと優しく、愛しい気持ちを込めて。


 「ティア・・・・・・。」


 たった一言はよく通る声だった。その瞳が自分を捕らえた。8年ぶりにその目に自分が映し出されることが嬉しくて泣きたくなるのをぐっとこらえた。


 横でトマがさっきからつつくが構ってなんかいられない。俺だけ見ればいいんだ。


 でも知ってる。トマだってティアが番なのだ。そんなの見てたらわかる。2年一緒にいるんだ。もう親友って言っても過言じゃない。


 しかもトマは鳥族。俺を出し抜くようなことはしないだろう。だからこそ俺はトマにも誠実でなければならない。裏切るようなことはしたくない。


 「なぁ、トマちょっといいか。」


 「いいよ。彼女のことだろう?」


 「やっぱりお前もティアが番なんだろう。」


 「そうだね。でも、私は親友のクーを悲しませてまで自分だけ幸せになりたいわけじゃないよ。」


 「知ってる。お前が俺を大事にしてくれていることも、番にどうしても引かれてしまうことも。だから俺もお前に不実なことはしたくないんだ。」


 「クーは真面目だからねぇ。私は二人で幸せになってくれても構わないんだよ。」


 「そういうのは俺が嫌なんだよ。」


 「はは、そういうところがキミらしいけどね。」


 結局俺はどちらも選べないんだ。それなのにどちらも手放せない。


 互いの不安を埋めるように仕事に出かけた。戻ってきた夕刻。昨日のようにティアは受付にいた。今日はまた機嫌がよさそうだ。昨日は俺がほとんどしゃべってトマはティアと交流できていないから仕事の清算をトマに任せた。食堂で食べながら待っていると、しばらくして戻ってきたトマは青ざめている。


 「どうしたんだ?」


 「クー大変だ。彼女から別の雄の匂いがしみついてた。」


 「なんだって?ティアだぞ?特定の組む相手もいないのに?」


 「でもはっきりわかるほどついてる。昨日はしなかった匂い。」


 「まさか誰か決めたってことか!?」


 思いがげないトマの言葉に愕然とする。


 これはトマとけん制しあっている場合じゃない。俺たちはティアの仕事が終わるのを待って声をかけるタイミングを窺っていると外套を羽織り外に出ようとする。


 今を逃してはいけない。そう思い声をかけると確かに雄の匂いがする。それもべったり濃厚な匂いが。


 (これじゃマーキングと同じじゃないか。)


 まさかの出来事に頭が真っ白になる。


 なんとか平静を装って話をしているとなんだか怪しい方向に向かっていく。


 (白熊の男ってこの匂いの主か!?ティア、頼むその子供だと思っている相手が成人をすぎた大人だと気づいてくれ。)


 すっかりその白熊を信じ切っているティアは説得も出来なさそうだ。そもそも約束したことをなかったことにするティアではない。そんなの分かってる。ならこっちが割り込むしかない。


 半ば強引なのもわかっている。きっとティアを困らせている。わかってる。だからと言って8年物想いを横から掻っ攫われて平気なはずがない。譲ることなんてできないんだ。





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