昨日に引き続き受付を手伝う。もう列もまばらになってきたからそろそろ引き上げてもいい頃だろう。そんなことを想っていると差し出される依頼書と魔石を受け取る。
「こんばんは。遅くまでお疲れ様です。」
「こんばんは。えっと、トマホークさん。」
「呼びにくいでしょう。どうかトマと呼んでください。親しい者はみんなそう呼ぶんです。」
「わかりました。トマさん。」
差し出されたものを鑑定に回しながら終わるのを待つ。特に話題を振れるほどの話術を持たないので何か無難な話はないかと逡巡すれば、どうしても共通知人のクロウぐらいしか思い至らず、じっと見つめられていることに耐え切れなくなったので口を開く。
「あの、今日はクロウさんと一緒じゃないのですか。組んでいると言っていたので……。その。」
「ああ、まだ食堂で食べてるよ。フロンティアさんは幼馴染って聞いてるから知っているかもしれないけど、彼は大食らいでしょ?」
にこにことほほ笑む茶髪の紳士。
言われてみればそうだったかもしれない。食べきれないと困り顔の自分をよく手伝って食べてもらっていた。もしや彼を大食いにしてしまった一因なのかもしれない。
「そうですね。彼は子供のころからたくさん食べてくれる人でした。」
食べ残しをしては怒られてしまうのをかばってくれたのは後にも先にも彼だけだ。早々に空にした皿をこちらに差し出して私のものと交換してくれるのだ。けして好き嫌いがあるわけじゃない。ただ、この国の基準は獣人なので外で食べれば量が多い。それが日々の生活の基本なので人族のフロンティアは苦戦する毎日だった。
口数の少ない彼の優しさだったのかと思うと自然と笑みがこぼれた。
「トマさんはクロウさんと一緒に組んでから長いのですか?」
「そうだね~私ががダンジョンで苦戦しているのを助けてもらってからもう二年くらいなるかな。」
「やっぱり誰かと一緒のほうがいいですか?」
ふと気になって訊ねてみた。
「ん?そうだねぇ。一人でいるよりもやれることが広がるし、自分だけじゃうまくいかないこともできるようになるし、なによりまず生還する可能性も上がるからね。」
「やっぱりそれだけダンジョンは大変ですか?」
「そうだねぇ、そこは自分の力とダンジョンの難易度によるんじゃないかな。私はクーを信じてるからね。安心して背中を任せられるんだ。まぁ、僕は鳥族だからどうしても依存しやすいんだけどね。」
一般に鳥族は家族どころか友人にまでとても大切にする。その分その愛情は重い。異種族と番になろうものなら感覚の違いに大変だというのもよく聞く話だ。
「それだけ仲が良いのはいいことじゃないですか?誰かに思われるのはとても幸せなことだと思います。」
「その愛情が重たくても?」
「それは受け手の器量の問題であって発している本人が気にすることではないような気がします。一人を大切にするのも大変なのにたくさんの人を大切にできるのは一つの才能です。それがただの浮気性なら大問題ですけど……。私はいいと思います。」
つらつらと感想を述べるとトマホークは目を見開いた。その姿に何か気に障ることを言ってしまったのかと慌てて次の言葉をつなげる。
「あくまで私の見解ですけど……。」
気まずくなりそうで視線を下げようとすると、後ろから籠が差し出される。鑑定が終わったようである。
「すいません、お待たせしました。こちらが鑑定結果と報酬です。お疲れさまでした。」
籠ごと差し出し、受け取った彼が立ち去るのを見送る。
ため息を一つついたところに声がかけられて終業を告げられる。
カウンターを出ると帰る前に食堂に行こうと足を向ける。さすがに食べて帰るのは人にからまれそうなので持ち帰り用に鶏肉のソテーとサラダとパンを包んでもらう。さすがにもう日が暮れてだいぶたつので昨日のことのようにならないように急ごうと決めて包みをカバンにしまい外套を取り出す。
ふわりと纏って歩を進めようとした時だ。
「ティア?今帰りか?」
かけられた声に振り向くとそこには先ほどのトマとクロウの姿がある。
「うん。今から帰るとこ。二人も今?」
「ああ。どうせ近所だから家まで送る。一緒に帰ろう。」
威圧するでもないのに否定は受け付けないと言わんばかりの物言いと真剣な目に何も言えずにいるとトマからランプを差し出される。
「夜道に女の子の一人歩きは危ないからね。心配だから送らせてくれるかい?どうせ帰る方向は同じなのだから。フロンティアさんも後ろから足音されるより横を歩かれる方が安心だろう?」
「そういうことなら・・・・・・ありがとうございます。お願いします。」
「クーも素直に心配だからって言えばいいのに。ちゃんと言わないと気を使わせちゃうよ。」
「そういったつもりだったんだが。」
「クーは言葉が足りないんだよ。」
「だから交渉事はトマに任せているんだろう?向いていない自覚くらいはある。」
「少しは努力したらどうだい?」
「仕事の上でそれが必要だとは感じない。」
「はいはい。」
呆れたようなトマの物言いとクロウの返しに二人の仲の良さがうかがえる。三人で歩き出しながら会話は弾む。
「ティアはしばらく受付を手伝うのか?」
「え?ん~と、そのつもりだったんだけど、明日はダンジョンに潜るから一日じゃな戻れないと思うから、明日は入らないよ。」
「ダンジョンってどこの?」
「わからない。聞いてないから。」
「は?それはどういう。」
「あ、行先はエスコートしてくれるっていうから相手に任せてて……。」
「まて、エスコートってなんだ。まさかそいつと二人で潜るのか。っというか相手は誰だ。」
「相手?白熊獣人の男の子で、今日も一緒に森の採集依頼を手伝ってくれて、私がいつも一人でいるからダンジョンはまだ入ったことがないって話になったら一緒に行ってくれるって。近距離戦のその子と後衛の私だと相性もいいだろうから今後パーティを組むことも視野に入れて試しにって。」
淡々としたフロンティアの説明にクロウは信じられないものを見るように瞠目し、トマホークは青ざめた。二人の反応をかわるがわる見つめてなぜそんな反応をするのか理解に苦しむ。
「あの、二人ともどうしたの?」
「ティアちゃん!男と二人でダンジョンに潜るって意味わかってる?このあたりでどんなに手近なとこでもダンジョン攻略に三日はかかるしダンジョンまでの往復で二日で最低5日間は街に戻れないんだよ。本当にその男は信用できるの!?」
「え、や、だってテディは私より小さいし。」
青い顔でまくしたてるトマホークはどさくさにフロンティアの両手を握り、さらにその名を愛称で呼んでいるのだが、思わぬ事態にそれを指摘する暇がない。助けを求めるようにクロウに視線を向けると渋い顔の彼に見つめられる。
「ティア、まさか出会って数日の男とダンジョンに行く上にパーティまで組む気なのか?それなら幼馴染の俺じゃダメなのか?」
肩をつかまれ、眉間にしわを寄せた顔が目前に迫る。
「や、待ってクロウさんはトマさんがいるでしょう?」
「クーだ。」
「へ?」
地を這うような声に一瞬思考が止まる。
「昔みたいにクーと呼んではくれないのか?そいつのことは呼び捨てなのに幼馴染の俺はさん付けなのか?」
下げられた眉尻と切羽詰まるよな灰褐色な瞳にじっと見つめられて慌てる。
「クー?一体どうしたの?」
「ティアこそわかってるのか?パーティ組むってことはどこに行くにも一緒なんだぞ!?」
「ちょっと待って、二人とも一体どうしたの?」
鬼気迫る二人の男ににじり寄られて何事かと慌てる。そんなフロンティアをよそに男たちは視線だけで会話をして互いにうなずきあう。
「わかった。それなら俺たちも参加する。」
「え?待って何でそうなるの?」
「ティアがそいつと試しに組むって言うなら俺たちだって試させてほしい。それでティアが決めるなら文句なんか言わない。」
「ちょっと、クーそんなの勝手に・・・・・・。」
「ティアちゃん、私も同じだ。君がこれから組むパーティの相手を見極めるというなら参加したい。それでダメなら素直に諦めよう。でも、少しでも戦いやすいと思うなら俺たちを選んでほしい。」
「まって、なんでそんな話になってるの、そんなこと……。」
二人の提案に異議を唱えようとするフロンティアをなだめるように大きな手が頭に乗せられる。慈しむようにそっと撫でられる。
「頼むティア。わがままだとわかってる。でも俺たちにもチャンスが欲しいんだ。」
(チャンスとはいったい何のことか。)
そうはおもっても懇願するような必死の眼差しにそれ以上何も言えずにいると、男たちはそれを肯定と思ったのか黙ってうなずく。
そうこうしてるうちに3人はフロンティアの自宅へ到着する。
「じゃぁ、明日な。」
「またね。」
それだけを告げると二人の獣人は颯爽と帰っていく。
「何だったの?一体……。」
それに答える者はいない。ただ夜の闇が静けさを横たえるだけだった。