それは唐突な出会い。
傾げられた首が、そのあどけない表情が、さらりとこぼれる絵具を混ぜたようなエメラルドの髪が、憂いを帯びた金色の瞳に覗き込まれてその運命が動き出したのだと告げられた気がした。
全身の毛が逆立つ衝撃の感覚。雷に打たれるとはこういうことだろうか。
(これが俺の番・・・・・・。)
その核心はどこから来るものなのか、獣としての本能がなせるのか何故か疑う気にはならなかった。その少女は銀製の鈴のような声でよく耳に響いた。
初めて来た街のギルドではどんな仕事があるのか興味を引かれて依頼書の張り出された壁を眺めていただけだったのだが、どうやら彼女は俺を迷子か何かと勘違いしているらしい。
それもそのはず。俺の容姿は小さく幼い。生まれた時から同じ一族の中でも小さいこの体。大柄怪力自慢の熊族でありながら稀に生まれる『特別小さな個体』として生まれた俺は人より著しく成長が遅い。まして、他の同族のようなたくましい体は望めないというのが一族に蓄積されたこれまでの記録が物語っている。
(こんな俺でも番に出会えるのか・・・・・・。)
劣等種ともいえる自分にも運命の人が現れたことにおどろきつつも、その喜びは隠せず自然と笑みがこぼれる。
俺を完全に子供だと思っているのか困っていることは無いかと聞いてくる。はっきり迷子かと訊ねないあたり、この少女の気遣いがうかがえて嬉しくなる。
(まぁ、どう見たって10歳前後にしか見えんだろうしなぁ。)
これでも齢21の紳士と自負しているが、初対面の人と接するにおいてこの容姿は都合がいい。純白の毛並みと相まってさらに幼く見えるのか、マスコット要素が強いのか大抵のものはこの見てくれに油断してくれる。
(初めてこの体に感謝だな。)
どうやら彼女もこの容姿は気にってくれたのか、自分から手を伸ばし俺の手を引いてくれる。
(あ、笑った。かわいいじゃねぇかチクショウ。押し倒したい。)
見た目は子供中身は男な俺はその本能が訴える衝動をこらえる。
(いやいや落ち着け。こんな人の目の多いところ。ましてや初対面で押し倒したいとかありえないだろ。出会って数分で拒絶されるのが目に浮かぶ。)
つながれた手を離されそうになって慌てて握り返す。今ここで離れたら出会いそのものが幻になってしまうのではないかと危機感を抱いた。
しかし、俺をカウンターに任せて彼女は立ち去ってしまう。その後ろ姿をしばらく見送った。
「では冒険者登録証を確認しますね。」
差し出したカードを確認する受付嬢の言葉など耳に入らず、彼女の消えた方向を見ていると頭上からくすりと笑い声が聞こえる。
(せっかく余韻に浸っていたのになんなんだ。)
そちらに目を向けると受付嬢が困ったような顔でこちらを見ている。
「あなたもフロンティアちゃんに興味があるの?」
「興味と言うか、きっと彼女は番だ。」
こぼれるように漏れた言葉に誰よりも驚いたのは自分だ。その声は熱を孕み甘く掠れ囁くような声だった。それは愛に溺れる雄そのものだった。
「あらあら、まぁまぁ。これは本物っぽいわねぇ。よく番だぁって騒いでる奴は見るけどあなたほど熱っぽい目を向けてる人久しぶりに見たわ。」
「久しぶり?ということは俺以外にも彼女を番だと思うやつがいると?」
聞き捨てならない言葉に自然と浮かぶ黒い感情。
「ふふ。そんな見てくれでもやっぱり漢なのね・・・・・・。そうよ。今日も来ていたけど、彼はあまり彼女に対して積極的に接触しようとしないから周りは気づかない人も多いけど。あれは間違いなく番を見る目だわ。」
「さすが我が町が誇る『森の妖精』よね~隠れ番が多すぎてファンクラブあるんだから。」
「ファンクラブ?っていうか隠れ番ってなんだ?」
21年獣人をやっているが初めて聞く単語である。
「運命の番じゃないのはわかってるけど、まだ番に出会えていないオスたちが『この人と番になりたい』って仮に思うことをそう言ってるの。あくまで仮だからちゃんとした番のように相手を独占したいとか押し倒したい衝動とかはないから、遠くから見守るだけなんだけどね。」
「馬鹿よねぇ。」と苦笑する受付嬢の隣でもう一人の受付嬢が口を開く。
「そりゃぁ、フロンティアちゃんくらいいい子で美人となれば番じゃなくても引く手数多じゃない?人族は番なんて本能もないしモテモテだもの。高嶺の花ほど眺めていたいんでしょ。」
「あんまり見られると減りそうだな。」
奥歯をかみしめるようにつぶやくと受付嬢たちは笑ってルームキーを差し出した。
「今からそんなんじゃ、彼女の番はしんどいわよ。」
「ま、ライバルが増えないようにがんばりなさいな。あ~でもフロンティアちゃんが人間さえ選ばなければ確率は上がるわね。」
ぽつりとつぶやいた受付嬢たちはこそこそと話し出す。
それを尻目にさっさと渡された部屋へと引き上げる。
「つまり恋敵が多いってことか。うかうかしてらんねぇな。」
諦めかけていた番の出現に体の熱は収まらず、その夜は彼女の夢を見る。柔らかな四肢に抱かれる甘美で抗いがたい夢を。
しかし夢は冷めるもので、目覚めと共に虚しさがこみ上げる。
「俺としたことが、夢精するとは発情期覚えたてのガキじゃあるまいし。」
生理現象とはいえ己の痴態に頭を抱える。これでは二度寝も儘ならない。さっさと身支度をして部屋を出て食堂に向かう。
階段を下りた先にその人物を見つけて目を見張る。
「うそ、だろ?昨日の今日だぞ。」
纏った空気さえ清らかなのは噂通りなら先祖返りのドライヤドの能力だろう。
体中から歓喜が沸き上がる。昨日出会ってから頭の中は彼女のことであふれかえっている。考えるより体のほうが反応して走り出していた。
飛びついた衝撃で我に返る。
(しまった。何やってんだ俺!)
どうにか誤魔化そうと挨拶をして微笑むと驚いた様子は見せるものの、特別とがめられる風ではないので、その細腰に抱き着いたままだ。
コート越しでもわかるその細さとくびれに衝撃が走る。
(洋服のうえからこれとか、ヤバすぎるだろ。)
一糸まとわぬ姿となればその滑らかな曲線にくびれた腰は吸い付くような肌に覆われきっと手放せないだろうと想像に難くない。
そんな邪な考えをしていると周囲の視線に気づく。けして利用者の多い時間でもないのに彼女は多くの雄の目を引いているし、何人かは俺を見て明らかに嫉妬の表情すら浮辺ている。
(ここでちゃんと俺の存在は誇示しとかねぇとな。)
こういう時にこの容姿は便利だ。女には庇護欲をそそらせ、同じ獣人の雄は四肢の出来で子供ではないと悟らせることができる。
フロンティアの腰を一層抱きしめそのに頬ずりし、周囲に一瞥をくれてやる。
彼女は弟でも見るような目を向けているがそれが「家族のように思う」ものなら付け入る隙はあるだろう。なんならそれが特別にすり替わるのは早いだろうとも思う。
周囲からは羨望と侮蔑の眼差し。
(悪くない。)
って思う俺はなかなかいい根性してると思う。これで噂の2,3でも広がればしめしめだな。
見せびらかすように密着し、手をつないで仕事に向かう。柔らかく温かなそれはそても気持ちがいい。
森につくとフロンティアは一心不乱に植物採取を始める。携帯用の小さなシャベルで器用に丁寧に根ごと採取する口元はほころんでいる。邪魔するのも無粋だし、魔物退治の仕事を手伝おうと気配を探る。周辺に悪意のある様子はなくこれならしばらく離れても大丈夫だろう。
少し奥に入ると目的の魔物を見つける。手甲の動きを確かめて茂みから飛び出す。この体であっても鍛えれば熊族自慢の怪力は手に入った。それだけは救いだった。
おかげで今はジャイアントラヴィットぐらいなら一撃で沈められる。次々沈め角を折り、皮を割いて魔石を取り出す。心臓よりも重要なそれを体から引きはがすとジャイアントラヴィットは崩れるように砂となった。
(しまった。毛皮を取っておけばよかった。)
かろうじてまだ魔石を取り出していない一体の皮を丁寧に傷つけないようにはがす。これだけ柔らかければ冬の衣によさそうだ。自分と同じ色を纏った番を眺められればどんなに昂るだろう。想像しただけで着せたそばから脱がして寝台に沈めてしまいたくなる。
腰に下げたバッグに押し込んで魔石を回収すると鳴き声がする。まだ仲間がいたのか。顔を上げると赤いそれと視線が絡みジャイアントラヴィットは一目散に逃げだした。向かった方角は先ほどまでフロンティアと一緒にいた方向だ。
(まずい。)
冒険者なのだからフロンティアとて自衛の方法はあるはずだが、目の前で髪の一筋、血の一滴でも傷つくのは見たくない。
慌てて追いかけて仕留めると驚いた表情の愛しいしい番と視線がぶつかる。駆け寄ろうとして足がすくんだ。怖がらせてしまったかもしれない。
嫌われた・・・・・・。
嫌な予感に胃が締め付けられる。咄嗟の言い訳に「魔物の血が」など言い訳をしてしまう。先ほどまで毛皮をはいでいたんだ。そりゃぁ血だらけだ。実際フロンティアを汚すのはためらわれた。
しかしそんなことを気にせず手を引く彼女が嬉しかった。つながれた手と触れ合う服同士は血で汚れたが「俺だけが彼女を汚している」と思うと高揚感が持ち上がる。
ざぶざぶと泉に入り魔法を使うその姿に目が離せない。
(綺麗だ・・・・・・。)
奇跡の光は神秘的な彼女を引き立たせる。目を離すことができないでいると彼女は再び手を引いて泉の外まで導いてくれる。その背を見つめていてはたと気づく。
(せ、背中、透けてる。下着が。)
見てはいけないものとわかっているのに本能とは厄介なもので穴を開けそうなほど見入ってしまう。白いシャツに透けた肌が妙に艶めかしい。ポニーテールにしてあらわになったうなじに水滴が流れ、思わず喉が鳴る。
陸に上がると振り向く彼女に咄嗟に下を向くも、動体視力のいいその器官は彼女の透けたシャツとその下に着ている薄手の衣をとらえた。濡れて密着した布地は体の凹凸を際立たせる。
(油断した。今のこの状況はうかつすぎる。俺じゃなければ押し倒されても文句がいえないだろうに!)
どこまでも年下と思って疑わない彼女はそんなこと気にも留めていないようだ。こんなの他の雄にも晒されたらたまらない。
(俺が守らないと。)
そばにいる口実がほしくて組もうと提案する。どうやら嫌がられる風でもなく前向きに考えてくれるらしい。約束の印と言わんばかりに彼女の頬に唇を寄せた。
それから上機嫌で帰宅し、明日のために名残惜しくも早々にはなれる。まずは手ごろなダンジョンとその地図を入手して道具をそろえよう。ダンジョンともなれば泊まり込みは必須なので食料も必要だ。
そうだ。さっきの毛皮は仕立て屋に出しておかねば。
はやる気持ちが抑えられず、いそいそと動き出す。
(明日が楽しみだ!!)