一仕事終えて報酬を受け取るべく、ギルドカウンターに足を向けるとそこには長蛇の列。
「マジか・・・・・・。結構疲れてるんだけどなぁ。」
ぶつくさと文句をつぶやいて様子を眺めていると行列の隣は空いている。
「なんだ。こっちなら早いじゃん。」
待ち時間は短いほうがいい。そんなことを考えながら前に進むと好奇心からなぜ一か所だけ列をなしているのか見つめるとその先に座る一人の人物。
絵具を混ぜたようなエメラルドグリーンの長い髪をポニーテールにして、金の瞳は理知的で静かに伏せられている。神秘的な少女だ。
その周辺はダイヤモンドでもまき散らしたようにキラキラと輝いている。その人物をみとめて全身に電撃を受けたような衝撃が走る。初めての感覚に言葉を失う。
「まさか……。」
すぐさま踵を返して列の最後尾に並ぶ。
(間違いない。あれは俺の番だ。)
初めての出来事にそわそわと落ち着かない。待ち時間はかなりありそうだ。
こうして並んでるうちに他の奴がどんどん彼女に近づいては過ぎ去っていく。正直気が気でない。『番』と言えば獣人にとって唯一添い遂げる存在だ。
しかし、この番と言う存在は厄介なことに一人に一人必ずいるわけではないし、必ず出会えるわけではない。番に出会えないオスほど惨めなものはない。
出会えた存在に安堵すると同時に心配が湧き出る。
番はその獣人にとって一人だ。ただし、一人のメスに対して番と感じるオスが一人とは限らない。そういう場合はメスに選ぶ権利があり、一人を決めることができる。敗れたものは誰か別のメスに番として認められない限りは一人で一生を終えるのだ。
つまり、自分以外の雄が彼女に運命を感じる可能性があるのだ。そしてこの列の何人かは恋敵である可能性がある。自分の順番が来る前に掻っ攫われてはたまらない。
どこからか聞こえるささやき。
「ヤバい。俺森の妖精初めて見る。」
「まさかあの妖精のそばに行けるなんてな!さりげなく手を握ってみたりしようかな。」
「案外誘えばお茶ぐらい付き合ってくれるかもしれないぞ。」
会話の内容にムッとしながらも内心は感動すら覚える。
(森の民ドライアドの血を引き継いだ少女。誰も寄せ付けない神秘的な冒険者の噂は聞いたことがある。見た目の綺麗さもさることながら、仕事の丁寧さも定評がありながらもギルドマスターからの信頼も厚いうえに、優れた魔法使いだというが。)
そんな人物が自分の番だと思うと喜びであふれる。正直言おう。
(街中に『あれは俺の番だ!』と叫んで誇示したい。)
そんなバカげた思いを押し込めて列の先頭を凝視する。
ここで少しでも自分の存在をアピールしなければ。さっきから見ていると5人に一人は彼女に声をかけているし、豪胆なものは手を握ったりしている。
(俺の番なのに。あれは俺の番なんだぞ。)
誰かが触れるたびにそんな思いがたつ。しかし噂が本当なら彼女は人族の少女だ。獣人のように『番』を感じる能力はないはずだ。そんな彼女が自分に気づくだろうか。
あーだ。こーだと考えているうちにとうとう自分の番が来る。しかしそれは瞬きの間のようで、結局できたのはその他の男たちと同じように手を握る程度のものでなにか印象を残せたように思えなかった。
離れてしまうのが名残惜しくて食堂の方から彼女の動向を窺う。
(ん~。仕事終わりを見計らってご飯でも誘ったら不審者に思われるだろうか。)
できることなら嫌われることは避けたい。マイナスイメージからのスタートだけは避けなければ。
しばらく観察していてふと気づく。青毛の男、それからその隣の長身の男。
同じメスに惹かれる性なのか、その目の奥にあるものをすぐに見抜く。それは野次馬的に列をなす冒険者たちとは明らかに違う。
(まさか、あいつらもか!?)
焦る思いを抑えきれずに耳をそばだてると、どうやらあの青髪は知り合いのようだ。馬鹿なことに恋敵となりうる連れをご丁寧に紹介している。
が、それ以上のことは無く安堵の息を漏らす。
しばらくして彼女が仕事を終えたのかカウンターから出てきたので腰を浮かしかけると、少女の足がすぐに止まる。
真っ白な印象を受ける子供の獣人に声をかけている。その手を引いている姿に嫉妬を覚えるも、あれは子供で人助け。と戒めるが、ふとその子供の目に宿る熱を感じて身の毛がよだつ。
(あいつあんななりしてて子供じゃねぇのかよ。っつーかお前もかよ!)
これ以上は勘弁してほしい。と頭を抱えつつもギルドを後にする彼女の後ろを少し離れたとこから見守る。
(や、これはあくまで見守りだ。やましいことは無い。無事に帰るまで見届けるだけだ。)
そう思っていたのに、絡まれる姿に我慢できず飛び出してしまった。半ば強引に家まで彼女を送り、鍵をかけるまで見届けたら後ろ髪を引かれる思いでそこを離れる。いつまでもそばにいたいがここで印象を落とすわけにいかない。何より自宅の位置を知れたことで他の奴らより自分がリードしていると思うと自然と笑みが浮かんだ。
恋とは敵が多いほうが燃えるってもんだ。
朝になっても興奮はおさまらず、昂ぶりを抑えるように仕事にせいをだすことにする。予想はしていたがカウンターに彼女の姿はない。臨時と言っていたから当然なのに勝手に期待していた自分がいて、さらに期待通りにいかず落胆する己に気づく。
私情を払うように仕事に打ち込んだものの、釣果は今ひとつだったし頭の中は番であるフロンティアのことばかりで集中できず、早々にギルドに戻る。依頼の最低条件は満たしているので今日は良しとしよう。
そんなことを考えながらギルドに戻り清算して手持ちぶたさになる。なれたギルドホールを横切り食堂でも行こうとした時、後から求めていた声がして振り向く。
愛しい彼女の横には昨日の子供の姿があった。
(何で彼女があのちびクマと一緒に?!)
昨日見かけたあの子供間違いない。あれは恋敵だ。幸い向こうは自分の存在に気づいていないらしい。
仲良くなったという彼女の唇を見つめて血の気が引く。昨日まで自分が優位に立っていたはずなのに。
そんな彼女が明日始めてダンジョンに潜るという。
ふと、思いがめぐり口がニヤける。
こうしてはいられない。
「また明日ね。」と残して足早に去る。
あのちびクマだけいい思いさせてなるものか。と心に誓うのであった。