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第5話 冒険者は泉で清める

 可愛い天使のような見た目とは裏腹に素手で角を折り、皮を割いて魔石を取り出す姿を傍線と眺めていると、その収集物を携えてテディが戻ってくる。


 「はい。これ依頼書の素材。角が3本と魔石が5個。」


 天使のほほえみを浮かべた頬には魔物の血がべっとりとついている。冒険者である以上こういうことはよくある。フロンティア自身だってこういうことは何度もある。ただ自分の身に起きたことは鏡でもない限り目にすることはないし、いつも単独行動のフロンティアが誰かのそういった姿を見ることもない。


 (ちょっとした衝撃場面だなぁ。)


 そんなことを思いつつも、差し出されたものを見る。


 「もしかしてわざわざこのために奥まで入っていったの?」


 「勝手にごめんね。なにか昨日のお礼がしたかったんだ。」


 「お礼をされるほどのことしてないよ。」


 「でも僕は嬉しかったから。」


 「わざわざありがとう。」


 そういって受け取ると魔石と角をそれぞれ麻袋に入れてカバンにしまうと、テディの手を取る。


 「ティア?」


 「はやくそれ落とさないと染みになっちゃう。」


 「い、いいよ。服なら着替えもあるし。ティアが汚れちゃうから放して。」


 「大丈夫だよ。少し歩いたところに泉があるからそこで洗おう?終わったら少し遅くなっちゃったけどお昼ごはんにしようね。」


 二人手をつなぎながら歩きだす。先ほどまで前後して歩いていたがいつのまにかテディはフロンティアの隣を上機嫌に歩いていた。


 「ティアはソロでいつも仕事してるの?パーティ組んだりしないの?」


 「ん~最初は誰かに迷惑かけるのが嫌で地味な仕事ばかりしてたからその流れで今もこうしてるんだよね。今から余所のパーティに入るのは気も引けるし、合わなかった時に抜けるとなると気兼ねしちゃうっていうか。」


 「じゃぁ、今まで誰とも組んだことないの?ダンジョンは?」


 「誰かと組んだことは無いよ。一回お試しでした人はいたけど合わなくてやめてからひとと組むのは慎重になっちゃって。」


 そこまで言って地面を見る。


 以前に一度だけ誘われて試しにと二人組の男と組んだことがある。ダンジョンに行ってみたかったから丁度いいと思ったのだが、案内された場所はダンジョンではなく廃墟で危うく襲われそうになった。追いすがるような手が気持ち悪くて、向けられる視線に嫌悪が走り、紡ぎだされる言葉はどこまでも卑猥で何とかして男たちを風の檻に閉じ込めて逃げた。


 気持ち悪くて背筋に悪寒が走った。人を見る目のない自分に嫌悪と悔しさと惨めさが募った。そして何より急に眼の色の変わる相手が魔物のようで怖かった。それ以来誰とも組んでいない。冒険者最年少にも近いフロンティアにとって異性はもちろん信じれなくなったし、同性だって昔のことがあった近づく気になれなかったのだ。


 「だから、ダンジョンもまだ入ったことなくて・・・・・・。興味はあるんだけど。」


 基本ダンジョンは二人以上で入るのがセオリーで、よほど腕に自信のある者でもなければ一人でなど入らない。それは狭くて罠もあり、魔物の跋扈する場所で何かあれば生き残れないからだ。


 「じゃぁ、僕は!?僕と一緒に組んでみない?もちろんまずは試してからでいいから。」


 「テディと?」


 その幼い体躯と可愛さでは怖さも感じないし、出会って間もないというのに弟のようで親しみもある。今の状態を打破するにはありがたい申し出ではあると思う。


 「でもテディは旅をしてる冒険者でしょう?私はこの街から離れるつもりはなくて。」


 「なら僕がこの街を拠点にするよ。元々どこかいい場所探して旅してただけだからそろそろ落ち着きたいと思っていたんだ。」


 「そう、なの……?」


 「うん。」


 どう返事をしていいかわからずにいると泉に到着した。荷物とコートと靴をを脱いでじゃぶじゃぶと水に入っていくも、二人の手はつながれたままだ。


 胸がつかるまでの深さまで歩いて足を止める。


 つないだ手を放してテディに振り返り、じっとシャツの様子を見るとその周囲で赤黒い靄のようなものか浮いている。染みた魔物の血が浮き出ているようでこれならすぐキレイになるだろうか。


 「テディ、動かずにそのままいてね。」


 水の中で両手をテディに向ける。彼を傷つけないように注意を払い、水中に弱い振動を与える。少しづつその振動を強めて彼の体を包む。


 「これは水の魔法?」


 目を見張って驚くテディは水の動きを眺めている。


 「うん。水と光魔法の組み合わせで綺麗にしてるの。あの、痛いとかない?力加減気を付けているけど人にするのは初めてだから。」


 「大丈夫だよ。僕は魔法使えないけど、こういう使い方もあるんだね。」


 獣人の多くは魔法を扱わない。けして魔力がないわけではない。ただ、その量は少なく魔力切れも早いし、繊細な魔力調整や集中することをするより持ち前の腕力や身体能力を発揮するほうが早いのだ。


 そんな事情から獣人の多くは魔法を使わない。


 「これで綺麗になったと思う。から風邪ひく前に上がろう。」


 転ばないようにと思い自然とその手を引く。そういえば弟にもよく手を引いてあげたなと手の中のそれをそっと握りこむ。もう繋ぐことのできない手を思う。


 「ありがとう。」


 嬉しそうなテディの声に「どういたしまして。」と答えて陸に上がる。びしょ濡れの二人が光にさらされる。


 「服を乾かさなきゃね。」


 そっとテディに近づこうとすると一歩下がられる。


 「あの?テディ?」


 俯き気味の彼を見ると白い髪の毛から見える耳が真っ赤になっている。どうしたというのか。


 「まって、ティア。その近くに来てくれるのは嬉しいけど今濡れてるから。」


 あたふたする少年を気にすることなくさらに一歩距離を詰める。テディの足元はすでに泉の淵にあってそれ以上は下がれない。


 「だから、あの、ティアのシャツも透けてて・・・下着が・・・。」


 消え入りそうな声にフロンティアは首をかしげる。この幼い子に見られたからなんだというのだろう。と、思っていると彼は黙ってしまう。


 ポンポンとその頭を優しく叩き、その方にそっと触れるとたちまち髪も服も乾く。自分も頭と胸に手を当てて風と光の魔法で服を乾かす。


 「あれ?」


 唖然とするテディにそっと微笑む。


 「さっきの応用なの。でも風邪を引くときは引いちゃうから・・・・・・。」


 「大丈夫。僕は白熊の獣人だから寒いのは平気なんだ。」


 「ならよかった。遅くなったけどごはんにしようか。」


 カバンを引き寄せて座ると、サンドイッチの入った包みを取りだして一切れ渡す。くるみパンを二つに割って半分こにして包み紙の上に乗せ、並んで食べ始める。革袋の水筒を出してコルクの栓を抜き差し出す。


 「まって、これティアのでしょ?」


 「そうだけど……?一緒に飲むのじゃダメ?テディはそういうの嫌なタイプ?」


 気になる人は気にするだろうからさすがに無神経だったかと考える。


 「あの、テディが嫌なら火を起こして泉の水沸かすけど。」


 薪が必要かなぁ。と森を振り返る。


 「嫌とかじゃなくて、ティアと間接キスになっちゃうでしょ?だから、気にしないのかなって・・・・・・。」


 先ほどのように耳まで真っ赤にしてるテディに微笑んで「私は平気。」と返事をするとがっくりと肩を落とされた。


 (なんで・・・・・・?)







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