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第4話 冒険者は森を訪れる

 鳥のさえずりが耳に届く。明けた朝日に瞼を開く。


 「もう少し寝たいけど……。」


 一人で寝るには広すぎるベッドで寝返りを打つ。二つ並んだ枕の間に頭をうずめて息を吸う。懐かしい匂いがする気がした。子供部屋より広いそこには鏡台とクローゼットにチェストとソファが並んでいる。平民にしてはなかなかの暮らしぶりを思わせる夫婦の寝室だ。


 「昨日何も食べてないからお腹すいたかも。」


 夕べはタオルを巻き付けただけで寝てしまったので部屋を出て先に自分の部屋へ足を向ける。静寂に包まれた廊下はいつものことでパタパタと歩くスリッパの音だけが耳につく。


 軽い金属音と共にドアノブを回し自室に入る。


 木製の机は天板が折りたたみ式できちんと閉じられている。おかれた椅子は背もたれのない簡素なもので窓際にはシングルのベッドが一つ寄せられていて草木柄のカバーがかけられている。クローゼットを開けて中のチェストから下着を取り出し身に着けると白いシャツにカーキの短いズボンガーターベルトに二―ハイソックスを留めて茶色のロングコートを手に持つと一階へ降りる。


 階段の途中で足を止め、壁に飾られた家族絵を見る。


 「おはよう。」


 もちろん返事はない。


 この家にあるたった一枚の家族絵だ。絵の中の弟は母の腕に抱かれている。すまして黄色のワンピースに身を包んだ妹はお気に入りのぬいぐるみを抱いている。優し気な両親、成長してない自分も楽しげに描かれている。


 階下には応接のソファとダイニング。その向こうにキッチンがあり、そこまで行ってリンゴを一個籠から出してかじる。戸棚からコップを出して水瓶から柄杓でひと掬いしてコップに移すと一気に煽る。がらんとしたダイニングを眺めて、急いでリンゴを咀嚼する。残った芯を裏口から投げると、塀を超えて森へと消える。


 昨日置いたままの外套を丁寧に畳み革鞄に入れ斜めに背負い、スリッパから皮のロングブーツに履き替える。壁にかけた鍵を手に取り玄関を出る。


 「行ってきます。」


 やっぱり返事はなく、気にすることなく鍵をかけて踵を返す。目指すのは昨日のギルド。ひとがまばらな早朝のうちに行くのがフロンティアの日課である。


 「いつもよりちょっと遅いかな。」


 足早で歩き途中パン屋でサンドイッチ二切れとくるみパンを買って紙袋をカバンに入れる。


 神殿を思わせる四本の柱の真ん中を歩きギルドに足を踏み入れる。入って右側の壁に貼られた紙をひとしきり眺めて、森に限定した依頼を探し三枚の紙を手に取る。どれも植物採集の依頼だ。それから魔物の角収集と同じ魔物の盗伐依頼に手を伸ばして壁からはぎとる。


 「これぐらいなら夕暮れまでに戻れるかな。」


 枚数と内容をもう一度確認しながら反対側にあるカウンターへ向かう。


 毎回フロンティアは同じフィールドの依頼書を4,5件請けている。早朝から出かけて一か所にこもり、夕日がくれる前に戻ってくるのが習慣である。


 「おはようございます。お願いします。」


 まとめて用紙を出せばお姉さんが笑顔で対応してくれる。


 「おはよう。昨日はありがとうね。」


 「いえ。かえって邪魔にならなければいいんですが。」


 「あら、フロンティアちゃんのおかげで本当に助かったのよ?荒くれ者たちが文句言わず順番待ちした上にクレーム0なんて初めてなんだから!今日もお願いしたいくらいよ。」


 上機嫌にポンポンと受領印を押した依頼書を差し出される。心配は杞憂だったようだ。


 「では早く戻れるようにしますね。」


 カバンに依頼書をしまっていると後ろから衝撃を受ける。とっさにカウンターに手をついて振り向くと白いふわふわの丸い耳。とやっぱりふわふわの白い髪。


 「おはよう!フロンティア~。」


 「おはようございます。スノウさん。」


 「どうせなら名前でテディって呼んでよ。僕もティアって呼んでもいい?」


 全体的に白いふわふわの少年はまるでぬいぐるみのクマを思わせる。フロンティアより頭半分小さな男の子に思わず目がほころぶ。


 「ええ。いいですよ。」


 「その敬語もやめない?僕ティアと仲良くなりたいんだ。昨日親切にされて嬉しかったから。」


 「う、うん。わかった。テディくんはこれから仕事?」


 フロンティアに問われて、テディは少し中を睨んで眉を寄せる。


 「う~ん。敬称もやめて、テディって呼んで。」


 「わかった。・・・・・・テディ・・・これで、いい?」


 おずおずと返事をする。最近人と深くかかわらないフロンティアにとって人との距離感はとても難しい。しかし、この少年の容姿に思わず気を許してしまう。少年は満足げにうんうん。と頷きを返す。


 「この街についたのは夕べだからゆっくり観光してから仕事請けてもいいけど、正直まだ予定とか立ててないんだ。特に目的があってきたわけじゃないし。」


 少し考える素振りをするもテディはニコニコとフロンティアを見上げる。先ほど受けた衝撃はテディが突進してきたもので、その勢いのままに少年の手はフロンティアの腰に回されている。


 当のフロンティアは少し動揺したものの、彼の可愛い仕草に弟のように思えて拒めずにいた。特に注意もされないのでテディはそのままで会話を続ける。


 「ティアは?まだ早い時間だけど仕事いくの?」


 「うん。人が多いのは苦手だから混む前にめぼしい仕事を請けて街を出るの。その分日暮れ前には帰るようにしてるけど。」


 ふ~ん。と返事をしつつテディは周囲を見渡し、ニッと笑う。屈託のない笑顔にフロンティアの頬が緩む。


 「ね。僕も一緒にいっていい?邪魔しないから。」


 「それは、構わないけど観光しなくていいの?」


 「観光はいつでもできる。それよりティアと仲良くなりたいし、一緒に出掛けたら地理とか教えてもらえるかと思って。」


 「そういうことなら。もちろん構わないよ。」


 「ありがとうティア!」


 無邪気な笑みを向けられてフロンティアの心は浮き立つ。「じゃぁ、早速行こう~。」と言いながらテディはフロンティアの手を引く。その手は子供と思えないくらい力強くも優しい。


 「あっちの丘は恋人の丘って言われてる。」


 町から出てすぐの丘を指す。その丘に興味を先に示したのはテディだった。丘の上に大きな木が一本ありその周囲は刈り込まれて人の手が入っていることが分かる。何かいわれがあるのかと訊ねられたフロンティアは記憶の片隅から知識を引っ張り出す。


 「なんで恋人の丘?」


 「昔戦争があったころあそこで恋人たちが分かれたからだと聞きました。軍行していく恋人を地平で見失うまで見送ったからだとか。ほかにもいわれはあるみたいですけど、あまりに縁遠くて私も詳しくはわからないかな。」


 ちょっと困りながらそう言うとテディはなぁんだ。とつぶやく。


 「てっきり恋人たちが愛を囁きあうとか、木の下でキスすると永遠に結ばれる~とかかと思った。」


 意外な台詞に、目を見開いたフロンティアだが、すぐに微笑みを浮かべて問いかける。


 「テディはそういうのが好きなの?」


 「どうかな?僕はそういうのあまりわからないけど、そうだなぁ……ティアが一緒に行ってくれるならすぐにでも登って誓いを捧げるよ。」


 (うっ。向けられる笑顔がまぶしい。でもかわいい。天使ですか?)


 「テディが相手なら貴族のご令嬢が殺到しそうね。」


 と、返すと少し拗ねたようにそっぽを向く。


 「僕はティアだから丘に登りたいんだよ。」


 「ふふ。ありがとう。」


 目的の森につくと細身のシャベルをカバンから出してきょろきょろとあたりを窺う。依頼の植物採集3枚は定期的に出される薬屋からの依頼でもう何度もこなしている。生息場所も熟知しているのでそれはすぐ見つかる。


 植物の周りを丁寧に掘り起こし根から傷つけないように採集する。一か所に必ず3本残すのはフロンティアが自分で決めている採集ルールだ。全部取ってしまうと次に来た時は何もないことになってしまうからだ。10本掘ってまとめると根の方を麻袋に入れて紐で口を縛り、葉の方も紐で緩くまとめベルトの腰側で水平に括り付ける。別の種類で同じ作業をしていると、テディが近くにいない。


 「ちょっと奥を見てくるね。」


 そう言い残してどれくらい経ったろうか。もともとソロで動くフロンティアは誰かを気にして仕事をこなしたことがないし、集中してしまうと周りが見えなくなるのでその存在を忘れていた。


 「テディ?」


 近くの茂みを覗き込むがふわふわの頭は見えない。


 背後でがさがさと音がするので、そっちだったか。と、振り向くと探していた白い毛・・・・・・ではあるものの、それは求めている人物ではなかった。


 白い毛のそれは馬の後の大きさで長い耳に額には角が一本。


 「ジャイアントラヴィット・・・・・・。」


 かわいい兎のような容姿でありながら肉食の魔物は真っ赤な瞳をぎらつかせフロンティアをねめつけている。完全に捕食対象なのだろう。


 じりじりと下がって距離をとる。魔法が得意で武術がからっきしのフロンティアにとってこの近距離はそれだけで命とりだ。下がりつつもガーターベルトに備え付けたホルダーから杖を外した。刹那。


 「ティア!!」


 飛び出た小さな影がジャイアントラヴィットの顔面にめり込む。


 「テディ?」


 「大丈夫?離れてごめんね。ケガしてない?」


 「私は大丈夫・・・・・・。テディこそケガしてない?」


 呆気に取られていると少年が慌ててかけてくる。


 (ジャイアントラヴィットを一撃で沈めちゃったの?)


 フロンティアとてもちろん倒せる。でもそれは相性の有利な魔法を駆使して何発か当てての話で、一撃で仕留めることはできない。無理すればできなくもないだろうが、こんな森でそんなことしていしまえばたちまち魔力切れを起こして動けなくなるのは必然だ。


 「無事でよかった。奥で見つけたのが一匹こっちに駆けたから慌てちゃった。」


 フロンティアに飛び込む勢いだったテディは直前で足を止める。


 「テディ?」


 どこか怪我でもしたのだろうかと見つめると、一歩引かれてしまう。地味にショックだ。天使のような少年が引くとは・・・・・・。


 「あの、僕魔物倒してたから魔石取り出すので汚れちゃったから。」


 焦るように言い募る少年を見ると確かに所々汚れている。二人にけががないことを確認するとテディは今倒したジャイアントラヴィットに向かい角を根元から折り、体を探り魔石を取り出す。


 (あの小さな体のどこにそんな力があるんだろう?)


 外見とかけ離れた野性的な動きをフロンティアは呆然と見つめた。







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