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第3話 受付嬢は帰宅する

夕方の忙しい時間がひと段落してカウンターに休止板を立てて席を離れる。


 「フロンティアちゃんありがとうね。助かったわ。」


 「お役に立てたならよかったです。」


 「もしかしたらまたお願いするかもしれないけど……。」


 気まずそうなお姉さんにフロンティアはにこりと微笑んで頷く。


 「私でよかったらいつでも。どうせフリーですから自由はききますし。」


 腕章を返して小さな革袋を受け取りカウンターから出ると真っ白な男の子が視界に入る。きょろきょろと周囲を見渡している様子は迷子のようにも感じるが誰か冒険者の子供だろうか。白く丸い少し大きめの耳はふわふわの毛で覆われている。


 「あの、だれか探してるの?」


 思い切って声をかけると男の子は桜色の目を見開いてフロンティアを見つめている。


 「えっと、何か困ってるのかと思ったんだけど、違うならいいの。」


 視線を合わせるように少ししゃがむと男の子はにこりと笑う。


 (あ、かわいい。)


 「えっと、宿泊をしたくて。」


 男の子の言葉に一瞬目を見張る。冒険者は15歳から登録ができ、証明カードさえ持っていれば誰でも宿泊できる。つまりこの幼いように見える男の子は冒険者登録を済ませた15歳以上といえる。


 (てっきり誰か冒険者の子供かと思った。)


 「それならこっちのカウンターだよ。」


 ついついその容姿の幼さに手を引いてしまう。が、カウンター前についてから15歳だったと気づき手を放そうと力を抜くと、ぎゅっと握られる。


 (えっとぉ。)


 そっと振り向くと男の子はにこにこと笑ってる。天使だ。


 「すいません、この子宿泊だそうです。」


 さっきまで一緒に働いていたお姉さんに声をかけると「は~い。」と返事が来たので男の子を渡す。


 「じゃぁ、私はこれで。」


 「あ、ありがとう!僕はテディ・ベア・スノウです。」


 「どういたしまして。フロンティア・エレメントです。では。」


 「え……噂の妖精?」


 少年の驚きに満ちた囁きはフロンティアに届くことは無かった。




 予定よりも帰宅時間が遅くなってしまった。いつもならとっくにごはんと風呂を済ませているころだ。広くとられた食堂も人がまばらとなり、奥の飲酒席だけがにぎわっている。気持ちとしてはここで食事をとって泊ってしまいたいがそうもいかない。


 斜めに下げた皮のカバンから黒の外套を巻き付けフードを目深にかぶる。闇夜に混ざるように気配を消して歩きだす。


 (酔っぱらいとナンパにだけは会いませんように。)


 そんな儚い願いは天に届くことなく、後ろから肩をつかまれる。


 「こんな時間に一人とか危ないよぉ~。」


 身長から女性か子供だと気づいたのだろう。


 「大丈夫です。放してください。」


 肩を揺さぶって手を払いのけようとするが意外と強い力は簡単に離れてくれない。しかしここで振り向いて対応するのもためらわれる。


 「こんな時間にそんな黒い格好してるとドロボーだと思われても文句言えないよなぁ?」


 突拍子もない言葉にフロンティアは絶句する。こういうのに絡まれたくないから普段は日暮れ前に帰宅するというのに。こんな目に合うのが久しぶりすぎて対応が後手に回る。


 「もう、勝手にいなくなるから心配したじゃないか。」


 「へ?」


 頭上から声がしたかと思えば肩の手をはらわれてぎゅっと腰を抱かれて間抜けな声が漏れる。


 「早く席に戻ろう。お兄さん悪いね。連れと喧嘩しちまってね。助かったよ。」


 軽口を告げる頭上の声を見上げるながら、半ば引きずられるように促されて歩を進める。


 黒髪に黒目、夜でも爛々と開かれた瞳は猫を思わせるがその耳の形が否定する。太くて長い尻尾がゆらゆらと揺れている。


 「ギルドカウンターにきた黒豹さん?」


 「やぁ、また会ったね。妖精さん。」


 ふふっと笑って悪戯っぽい瞳を向けられる。


 (また言ってる。)


 わからない。と言うように小首をかしげて見せればさらに深く笑む。


 「あの、助けていただきありがとうございます。」


 「なんのなんの。可愛い女の子が困っていたら助けるのは男の義務でしょ。」


 (軽いなぁ。信用していいのかな?)


 「今から帰るとこ?送ってくよ。俺はヴァイス・パンサー」


 「えっと……。」


 素直に返事をしてもいいのか迷う。


 「大丈夫。黒豹の名に懸けて送り狼にはならないと誓うよ。それに、また絡まれては困るだろ?」


 確かにまた絡まれるのは嫌だ。冷静に考えて住処を知られたところで庶民の自分が盗られるようなものもない。


 「では、お願いします。そんなに遠くありませんから。」


 そう言いながら先行して路地を通り抜け袋小路の正面に小さな二階建ての家に突き当たる。


 「ここです。わざわざありがとうございました。」


 「いやいや。妖精の護衛なんて名誉なかなかないからね。貴重な体験をありがとう。」


 ぺこりと頭を下げて帰宅する。玄関の鍵をかけて外の気配をうかがうと、足音が遠ざかっていっく。


 ため息を一つこぼして外套を脱いぐとソファに投げる。かばんもそれに続き投げ出すと浴室に直行し空のバスタブに手をかざし水を湧き出させる。そこに赤い魔石を投げ込み服を脱ぐ。一糸まとわぬ姿となって湯船に手を付けるとちょうどいい湯加減に安堵しドボンと一気に頭までつかる。


 「っぷは。」


 顔だけ水面からだし耳は湯に入った状態で身を閉じる。こぽこぽ、しゅわしゅわと水の音が心地良い。


 「生き返るぅ。」


 親切心のつもりで手伝いを買って出たけど、逆に列が伸びていたような気がして、もしやただ邪魔だっただけなのでは?と不安が脳裏をよぎる。


 「それにしても妖精って何だったんだろう。」


 また沈んでブクブクと口から泡を出す。


 「疲れちゃったな。早く寝よう。」


 手早く体を清めてタオルで体を巻いて浴室を出る。右手で髪に触れ力を込めると濡髪が乾く。二階に上がって一番奥の扉を開いてキングサイズのベッドに力なく転がる。


 「慣れないことするもんじゃないな。気疲れしちゃった。」


 表情筋も久しぶりに活躍したな。と思うと一気に睡魔が訪れた。



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