それはちょっとした親切のはずだった。
「ど、どうしよう。」
少女の名はフロンティア。獣人が人口の7割を占めるアニマ王国で冒険者ギルドに所属している人族で16を迎えたばかりである。
冒険者資格を有して一年。最初は平原などに出没する定期的な魔物狩りなどの簡単な依頼を必要以上にこなし、採取依頼では必要数の三倍は採取してから戻るという自分いじめのような経験稼ぎばかりをしていたがそろそろダンジョンにも潜りたいが、パーティを組む相手もおらず、かといってギルドで仲間を探すほど行動派でもなけてば自己評価も低い。
仲間募集を出して誰も来てくれなかった時を考えたら尻込みするのだ。
結局脱初心者はしたものの、フィールドが変わっただけでやっていることは結局いつもと変わらないのである。
会ったこともない何代か前のご先祖様にドライヤドと呼ばれる森の住人がいたフロンティアは先祖返りしたようにその毛色を受け継いでいた。絵具を混ぜたような白みがかったエメラルドグリーンの長いストレートの髪をポニーテールにし、人外のような白い肌と前髪から覗く金色の瞳を持つ彼女をギルドでは密かに『森の妖精』と呼ばれているのだが、どこまでもボッチのフロンティアはそんなこと知る由もなかった。
唯一ギルドで仲良くなれたのは依頼受注カウンターのお姉さまぐらいのものだ。毎回持ち帰る採集物が状態が良いと褒められてからそれが嬉しくて毎回気を付けているうちに声をかけてもらえるようになり、今では暇な時はおしゃべりにも付き合ってくれる。
そんなカウンターにいつもは四人いるお姉さま方が今日は二人しかいない。そのため業務が滞り列ができている。
しばらく並んで自分の番になり、依頼完了の報告と報酬を受け取りながら話をしてると、一人は病欠で、もう一人は妹のお産の付き添いでしばらく休みという。数少ない仲のいい人達の天手古舞を見過ごすことができず、反射的に「手伝おうか?」と声をかければ喜んでカウンターの中に入れてくれた。
受付二人の間にある椅子に腰かけると、後ろから声をかけられる。採集物鑑定係りのお兄さんだ。『臨時職員』と書かれた腕章を差し出してくれたので素早く袖の高い位置に留めてカウンターに乗せられた準備中の札を下ろす。
実はめぼしい依頼がない時はたまにカウンター仕事を手伝うことのあったフロンティアは手慣れたものなのだ。
自分がやったことないダンジョン攻略依頼の受付や報告受理はわからないので、それらに関しては隣に座る兎獣人のナイスバディなお姉さんから「そのてはこっちに回していいから」と言われたので、わかる案件をさばき、それ以外は隣に振ることにした。
(わからないことを知ってるふりしてやっちゃうと後で迷惑かけちゃうもんね。)
そんなことを思いながら
「こちらでも受け付けますので、二番目にお待ちの方どうぞ~。」
と声をかければどよめきが起きる。
もう一つ窓口が開いたことにざわめきが起きるほどみんな並んで待ってるんだなぁ。などと暢気に構えつつ、てきぱき内容を確認する。
いつも手伝うときは職員の休憩交代のために真昼の一時間だけ。とかなので、フロンティアがカウンターに座る姿は珍しいのだ。
しかも今は夕方の一番混む時間帯で人も多い。
「森の妖精が受付にいるぞ。」
「マジか!これは知り合いになるチャンス!」
「ここで仲良くなったらパーティ組んでくれないかな!?」
「たしかあの子特定の相棒とか付き合ってる奴いないフリーって噂だよな。」
そんな冒険者たちのささやきは人族であるフロンティアの耳には届かない。
「ど、どうしよう。」
フロンティアの構える真ん中の列だけに人が集中する。
「や、これはこれで分類しやすくなったと考えよう。」
そう呟いて両方のお姉さまを見ると一様に頷いてくれた。意図を理解してくれたようだ。
一気に列が真ん中に伸びて左右の列が減ってくれたおかげでフロンティアは内容を確認し自分の捌ける案件以外は両サイドのお姉さまに流すのがやりやすくなり、順調に列が減っていく。
後からきた冒険者も列を見て空いてるほうに行こうとするが、長い列の先に噂の「森の妖精」を見るとすぐに最後尾へと列をなしてくれる。
「大変お待たせしました。本日はいかがなさいましたか?・・・ダンジョンのドロップアイテム鑑定ですね。左のカウンターにお進みください。次の方どうぞ~。」
通り名と銀鈴を転がすようなソプラノの優しい響きもあいまって長く待ったにもかかわらず冒険者たちは文句ひとつ言うことなく誘導に従う。
「お待たせしました。」
「おや、初めての受付さんだね。」
丸い耳をぴくぴく動かしながら黒い髪の青年が依頼書とその完了を示すように採集物を出す。髪と同じ色の長い尻尾がゆっくり大きく揺れている。
「はい。今日は臨時です。至らないばかりにお待たせしてすみません。」
別に特段手間取って業務をしているわけではないのでそこまで遜る必要もないのだが、無用なトラブルを避けるためにもあえて自分が足を引っ張ているように返事をする。
「いやいや、まさか妖精と話せる日が来るなんて思わなかったものだからね。」
「?妖精ですか・・・・・・?」
自身の噂を知らないフロンティアは首を捻りながらつぶやく。
(依頼遂行中にであったのかな?まだあったことないから私も会えるなら会いたいなぁ。)
暢気にそんなことを考えながら渡されたものを籠に入れ後ろに控えるお兄さんへ渡す。
「では鑑定までしばらくお時間かかりますのでこちらの番号札でお待ちください。」
木札に96と書かれたものを差し出すとそっと札ごと手を包まれて、びくりと肩が跳ねる。細められた猫目が面白そうにソフィアをじっと見つめている。
「あの……。持つのは札だけでお願いします。あちらで掛けてお待ちください。」
掴まれた手に札だけを残しするりと手を引くと書類を右のお姉さんに流す。
聞こえないようにため息をこぼす。実はこんなやりとりはこれが初めてではない。受付に入ってすでに三時間ほど経過しているのだが5人に一人は話しかけられる。割とどうでもいいような内容で。
個人的なことを聞かれてどれくらい話してもいいのかわからないので事務的に対応するよう気を付けているが、これまで一人で活動していたフロンティアが男慣れしているはずもなく、過剰な接触があるたびに反射的に体が動くのは仕方ないことだった。
(いつも優しくしてくれるお姉さんたちを助けられたらって思っただけだったのに。なんで手を握られちゃうんだろう。お姉さんたちも毎日大変ね。)
毎回そうなるわけではないのだが、初めて長く座る席の大変さを思い、フロンティアは心中でいつも優しいお姉さん方にそっと頭を下げるのであった。