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第11話白き令嬢は外堀を埋められる

レオニード視点


 なんでこんなことになっているのだろう。


 (っていうか、あいつら本当に俺の番に目を付けたのか!?ほいほい年頃の女性の部屋にはいってんじゃねぇぇぇぇ!!これは俺のだっ!!)


 まさか本当に兄弟たちがシェリーの部屋(しかも寝込み)に突撃していくとは思っていなかった。天使のようなあの可愛い寝顔を自分以外の雄が見たことも許せないのに、シェリーの方から触るなんて。獣化した獣人の姿を最初に見るなら自分がいいと思ってた。なのに父上に先を越されただけでも悔しいのに、まさか兄弟にも先を越されて5番目だなんて!


 威嚇するように唸りを上げる金色の獅子は目の前にいる3匹の獅子を警戒する。その色は赤白黒と如実に違いはあるものの、顔立ちだけ見ればほぼ同じ。人間の時の毛色が分かっていなければ区別どころか見わけもつかないだろう。


 人族の中では獣人の獣化した姿と動物の違いが判らないことは珍しいことでもないどころか、ほとんどの人間はわからない。


 (獣化した姿を見せるのは初めてだし、きっと私がレオニードだなんて……。)


 「レオ。」


 確認するような、不安げな声じゃない。無意識に確信を持っているのか、安堵と喜びを含んだ囁くような声に人族より発達した耳は自然と反応し、その声の続きがほしくてぴくぴくと動く。


 「会いたかった。」


 初めて求められた。嬉しさに自分でも頬が緩んだことを自覚する。だって止められるわけがない。シェリーが自覚していようと無意識につぶやいたのだとしても。こんなに嬉しいことがあるだろうか。しかも彼女はきちんと目の前の獅子がレオニードだと判別がついているのだ。


 おまけに間違えるはずがない。とまで言い切った。


 (どうしよう。今すぐ抱きしめたい。でもそんなことをして怖がらせたくない。あいつらなんか無視だ。むしろ見せつけてやる。入り込む余地など1ミリだってないことを痛感すればいいんだ。)


 獣の身であることがもどかしい。太く丈夫な前脚では抱き着かれることはできても抱きしめることはできない。獣化を解くべきか考えたが、せっかくシェリーから縮めてくれた距離を開けるような真似はできない。


 そんな気も知らないシェリーはレオニードの体を撫でまわす。触られる本人も愛しきものの手に身をゆだね抵抗も要求もせず、されるがままだ。


 「つがい……?」


 問われてふと思い出す。


 (そういえばリィがつがいだと説明していなかった。出会えた喜びで失念していた。)


 シェリーは優しくて聡明ないい子だ。わかっていてあえてズルい物言いをする。


 そう、彼女が否定できないようにじわじわと追いつめるそれは狩をも思わせる緊張と高揚感と期待。


 「好き……です。」


 喜びに胸が震えた。心臓は早鐘のように鳴り響いてうるさい。


 無意識に解いた獣化は瞬く間に人間の姿となり彼女を抱きしめる。


(ああ。好きだ好きだ好きだ。大好きだ。愛しくて嬉しくてこれ以上の喜びがあるだろうか。)


 やっと愛しい番私だけのものだ!!


 「愛してます。」とささやかれてもう気持ちは絶頂だ。我慢しようと、怖がらせたくないと決めていたのに、祈るようなその表情を閉ざされた瞳から目が離せず、そっと触れるような口づけを落とす。


 (柔らかい。もっと……。)


 今度は先ほどよりもう少し長めに口づける。


 「リィ、もう少し長くしてもいい?」


 「え?」


 返事なんて待ってられない。冷静な思考などとうにどこかに飛んでいった。


 疑問を呈するために開かれた小さな唇に吸い付いて水音と共にその口腔内を探るように口づけるとその甘さにクラクラしそうになる。


 (気持ちいい。もう少しだけ……。)


 一度唇を離しまたすぐに出会う。今度は何度も角度を変えて深く吸い付く。絡めて舐めてすするように。


 ふと我に返り、慌てて身を離す。


 (しまった!やりすぎた。)


 慌てた様子を悟られないように表情を除けばシェリーの頬は上気し目は潤んで溶け、空を見つめている。


 嫌われてビンタだけは回避できたことに安堵し微笑みを浮かべる。このまま押し倒さなかったことを褒めてもらいたい。


 「今日はゆっくり休んで。」


 精一杯紳士の笑顔を保ち、額に口づけて離れる。


 廊下に出ると執事から手紙を受け取り中を確認し、笑みが浮かぶ。


 手紙の主はアイスクリン伯爵。向こうの国を出るときに渡した手紙の返事だ。その中にはシェリーとの婚約を喜ぶ旨と婚約証明書が4通添えられていた。隣国書式のものとこちらの国の書式とそれぞれの控えで4通だ。


 その書類を手にしたまま、父上と母上のもとに急ぐ。タイミングよく二人は母上の部屋で休憩のティータイムだったようだ。


 「父上、母上、失礼します。」


 突然の訪問にも関わらす二人は歓迎し、侍女がお茶まで差し出してくれる。


 「お二人にこちらの書類に署名をいただきたく。」


 「あら、婚約証明書ね。もちろん喜んで署名させてもらうわ。」


 「ありがとうございます。母上、それから彼女の部屋を私の隣に移したいのですが許可をいただけますか?」


 「部屋を?結婚後ではダメなの?まぁ、婚約するわけだから構いはしないけど彼女はそれでいいのかしら。人族でもよくあることではあるようだけど。」


 「それは、私もそう思ったのですが、帰還早々に父上が彼女の顔を舐めまわしまして。」


 困り果てたと言わんばかりにそういうと父上が口にしていた紅茶で思いっきり咽た。その横で母上は顔を引きつらせ夫の顔に一瞥を向けた。これは後で話し合いとなるのは言うまでもない。


 (ざまぁみろ。)


 「や、私は舐めまわすなど……。」


 「あら、何もしてないとおっしゃるの?」


 「や、その。」


 「おまけに前足でシェリーを押し倒しました。」


 「ちょっ!レオニード!」


 「まぁ……。」


 母上の小さなつぶやきに静かな怒気が込められている。それはそうだろう。息子の番にちょっかいを出すなど論外だ。


 「それに兄弟たちが疲れて眠っている彼女の寝室に押し入ったのです。(嘘は言ってない)私としては番としてこれ以上他のものに晒される危険は回避したいのです。」


 「なるほど。あなたの言い分はわかりました。それに関しては私のほうからきちんと処罰を設けましょう。夫と息子の不始末は妻であり母である私の役目ですもの。」


 絶対零度のほほえみを夫に向けながら言うと紅茶を一口飲んでから続ける。


 「それに息子の気持ちは大事にしたいわ。」


 「母上?」


 「つまり、レオニードは彼女から片時も離れたくないのでしょう?父親や兄弟を口実にして彼女が拒めない理由を作ってまで。肉食系獣人の独占欲は強いものね。」


 「あ、えっとぉ。」


 (さすが母上にはお見通しか。)


 「まぁ、嘘ではないんでしょうけど……。もどかしいのでしょう?それはもう起き伏しを毎日共に過ごしていたいほどのに。」


 まさかの指摘だった。


 母上の言葉に顔に熱を感じたがここで引くわけにいかない。


 「はい。彼女を愛してますから。」


 満面の笑みを浮かべれば少し呆れたような母の顔。


 「いいわ。そのように取り計らいましょう。」


 「ありがとうございます。」


 もうすぐだ。


 愛しの番。その身も心ももうすぐこの腕の中に……。




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