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第10話白い令嬢は愛を囁かれる

 急にの口の中が乾く。


 この状況で熱く、潤んで、溶けるように、細められた瞳を向けられて『番』などと言われてわからない者がいるだろうか。いつの間にか獅子から人になったその男はじっとこちらを見つめている。


 「つがい……?」


 「ああ。そうだよ。」


 そっと延ばされた手は優しく頬に触れて、薄い唇が笑んでいる。その眼はどこまでも優しい。自然と顔に集まる熱を冷ますことも逃がすこともできずにじっと見上げることしかできない。


 「リィ、君は私がずっと探し求めていた番なんだ。ずっと、ずっと、私は君だけを探し求めていたんだよ。」


 頬から滑る手が白い髪をそっと掴んで唇を寄せる。流れるような身のこなしで床に片膝をついて手をそっと握り込む。


 「リィ、愛してる。もう片時も離れていたくないんだ。どうか私と結婚してほしい。」


 ちゅっとリップ音を立てて手の甲にキスを落とされたと気づく。


 「あ、えと……。」


 「リィ、私のことは嫌い?」


 ちょっと困った。とでも言いたげな口調だがその耳はぺたりと髪にくっつき、しっぽは力なく床に投げ出されている。


 「そんな!嫌いなはずないです!」


 慌てて否定の言葉を口にする。そもそも嫌いだったらあんな距離感で7日もいられるはずがない。


 「じゃぁ、好き?」


 「!!」


 その聞き方はズルいというものではなかろうか。


 「ねぇ、リィ?」


 下からじっと見上げられる。捨てられた迷子の子犬のようにされて突き放せるはずがない。


 「すき……です。」


 目を見て言えない。でも返事はしたから許してほしい。


 そんなことを思っていれば腕が延ばされて背中と頭をぎゅっと抱きしめられる。


 「レオ……?」


 「嬉しい。ごめん、ズルいってわかってる。言わせてしまったのもわかってる。でも好きなんだ。シェリーが可愛くて、愛しくて他の誰にも見せないように閉じ込めてしまいたくなるくらい。」


 「え、あの。」


 「だから昨日のあれはずいぶん気を揉んだ。シェリーが戦える番なのは喜ばしくて尊いが、そのたびに……その。」


 そう言い淀んだレオニードは背中に回した手を下に滑らせてスカートの上からシェリーの太ももを撫でる。


 「戦うたびにシェリーの白い足を他の雄が目にするのは耐えられないし、兄弟といえお前の目に他の男が映るのも嫌なんだ。」


 幻滅した?と頭の上でつぶやかれた。そこで嫌だと言えるだろうか。この状況で。


 「昨日の魔法も驚いた。まさか炎を操るとは。」


 腕の中でもぞもぞと動いてその顔を見上げる。


 「よく氷使いだと勘違いされるんです。この容姿なので仕方ないとは思うのですが。幻滅されましたか?」


 その言葉に虚を突かれ目を見開いたレオニードは頬を染めて溶ける様な笑みを浮かべる。


 「いいや。ますます愛しい。」


 掠れる声で囁くバリトンのこえはひどく色っぽくて耳に甘い毒のように流れ入って、心臓がきゅっと締め付けられる。


 「私も愛してます。」


 それは自然に、口からこぼれるように囁かれた。レオニードは一層力を込めて抱きしめた。二人の間にある空間さえももどかしいように。シェリーは少し苦しかったがあえて黙っていた。


 (この苦しさも愛情なら幸せかもしれない。)


 そう考えてそっと瞳を閉じた。すると唇にそっと柔らかい何かが触れて離れていったことに気づくまで数秒の時間を要した。



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