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第1話婚約破棄されました(笑)

それはなんでもないはずの夜会でおきた。王太子主催の社交パーティー。


 『私は真実の愛に目覚めた!!シェリー・アイスクリン!お前とは婚約を破棄し、私はここにいる聖女クラウラ・ヒヒン嬢と婚約を交わす!』


 広間に響くはっきりとした声。男性にしては甲高い・・・というより裏返った?声は場を静寂に包むには十分だった。


 シャンデリアの明かりをきらきらと反射したライトブラウンで癖のある髪に新緑の瞳がこれでもかと吊り上がっているのは決意の表れかもしれない。まして、その立場は王太子殿下とくれば誰も何も言えないだろう。


 王太子・ハット・パンプキンさまとは7歳からの婚約関係にありました。幼い時は共に庭を周り、本を読み昼寝をし、やがては共に茶をたしなみもした。学院に進学し、交友関係が広がるとすれ違いの日々が続いた。


 (当然のことよね。)


 王太子の横にはしなだれかかるように彼の胸に手を添えるピーチブラウンの髪の少女がたたずんでいる。潤んだ灰色の瞳がそっと伏せられた。


 二人の関係性を示唆するように王太子は彼女の腰をそっと抱き寄せた。


 (おぉ~ここで抱き寄せるなんて婚約者いるのに不貞を示してるようではないですか。)


 キッパリとした王太子の宣言を向けられたシェリーには周囲からの好奇とも、同情ともいえる目が向けられる。


 「王太子殿下に置かれましては真実の愛に目覚められたうえに、聖女さまを選ばれるとはその慧眼感服いたしました。ぜひとも殿下と国の繁栄のため私は身を引かせていただきます。」


 至高の笑みを添えて淑女然としたカテーシーを決める。


 そりゃぁ、人生最高の笑みになりますよ。


 「ではせっかくのいい機会です。立会人もたくさんおりますので是非この場にて婚約破棄の手続きをいたしましょう。そのあとはどうぞご随意に。」


 王太子はシェリーがごねるとでも思っていたのか、あっさりと身を引く宣言に目を丸くしている。


 「き、聞き分けがよくて何よりだ。では書類を……。」


 その言葉と共に銀盆にのせられた羊皮紙とインクにペン。内容は婚約破棄をすること、そのあとはいかな事情があっても再婚約は結ばず、別のパートナーを探すことが書かれており、すでに殿下の署名が書かれている。


 (予定通り。さすがね。)


 さらさらと署名をすると銀盆はそのまま王太子殿下へと届けられ、高らかに宣言される。


 「署名はなされた。我がハット・パンプキンとシェリー・アイスクリンは今日この時をもって婚約を破棄するっ!!」


 「やったぁぁぁぁぁぁっぁぁああ!!」


 「は?」


 「え?」


 王太子の宣言に間髪入れず雄たけびを上げる。そこに淑女はいなかった。


 「やった!やりました!これで私は自由になりました!!10年間を犠牲にしたお妃教育もしなくていいし、陰湿に陰からすましてるとか生意気だとか靴隠されたりドレスに紅茶ぶちまけられて我慢する必要もないし、護衛と称して必要以上に手を握られたり触られることもないわ!何よりそんなことにも気づきもしないで努力が足りないなんて言い続けるやつにも、さっさと勉強やめて遊び惚けてばかりで女をとっかえひっかえしてるような人に触らずに済むなんて素敵すぎる!」


 「は?」


 休むことなくしゃべり続けるシェリーに応えられるものはいない。


 「ありがとう!えっと、クラクラさん?私の代わりにしっかりお妃教育頑張ってね!淑女教育を受けていた私でも毎日6時間でした。平民のあなたが今から学ぶには時間がかかるかもしれませんが、きっとあなたならやり遂げられますわ。何年かかるかは知りませんけど。」


 「はぁ!?そんなの聞いてない!」


 「大丈夫です!聖女であり真実愛に目覚めたフラフラさんならきっと私よりうまくいくと信じてます!」


 「クラクラでもフラフラでもなくクラウラよ!」


 「あ、そこは興味ないからど―でもいいです!殿下、これまでお世話になりました!学んだことは無駄にはならないと信じてこれからの人生を謳歌させていただきますわね。あ、そうでした。王城にいらっしゃったお二人の女性については王陛下にもご相談の上、お生まれになった王子さまとこれから生まれるお子様は後宮でお世話されるそうですので、後継者に悩まされることは無いでしょう。どうぞ良き国へお導きください。」


 「な、何を・・・・・・。」


 「王家の御印である手の甲に花の痣のある赤子です。王陛下自ら確認なさいましたから間違いありませんわ。」


 極上の笑顔。青くなったり赤くなったりする壇上のカップルを見つめる。


 学友と親交を深める。だとか社会勉強だと言っては後継者教育を放り出していた王太子が夜な夜な女性たちを侍らせていたこともその結果が純然と横たわっていることもシェリーは知っていた。それでも我慢していたのはひとえに自分の願いのためだ。


 巷で聖女と称されている彼女が実は『そんな能力が全くない』ということもシェリーは知っている。先ほどまで殿下の横でぴったりとくっついていたその人は今では若干腰が引けている。今にも離れていこうとする彼女の腰と手をがっちり握って放さない・・・もしかしたら動けず体に力が入ってるだけかもしれないが。


 噂の女性は看護婦だった。誰にでも優しく、差別することなく患者に向き合うその人は巷で天使だとか聖女だと呼ばれていた。なんてことはない。その優しさと笑顔に心癒され「あんたに看護されると痛みが引くよ」「傷が早く治るよ」などと噂が噂を呼んだ結果、聖女なんて言われるようになった。


 (噂を囁く人に若い女の子はいなかったけどね。)


 そんな聖女の話を王太子に吹き込んだのはほかならぬシェリーだ。市井に聖女が現れた。と。それもお茶をしているなか噂話の中に織り交ぜて。


 (やっとひっかかってくれたのよね・・・・・・思ったより時間かかってしまった。)


 嬉しくてたまらないシェリーは会場にいる兄弟たちを探した。すぐさま長兄のもとに駆け寄る。


 シェリーは四男五女の末っ子だった。宰相家でもある。男兄弟たちは武官文官魔法使いとして今や政治になくてはならない人物にまで成長し、父の手足となって立派に働いているし良き伴侶も得ている。姉たちも隣国や国内の有力者と婚姻し、実家に残った子供はシェリーだけだ。実家としてもこれ以上権力を握りすぎてもよくないと末娘くらいは自由にさせようと思っていたのに、歳が近い、兄弟も優れてるなら教育は間違えないだろう。と王家にゴリ押しされたらしい。宰相は一年ごねたが徒労になった。


 「兄さま!やっと自由になれました!もういいですよね!!」


 久しく見なかった妹の心からの笑みに兄は微笑んで頷く。気が付けば上の兄弟に囲まれていた。まるで守られるように。


 彼らは知っている。シェリーの努力を。歯を食いしばり、年頃の女の子が望むことも我慢して、学院で教養や学術を学んだあとは直接王城に通って帝王学と政治、貴族社会の勢力図に土地の勉強をした。休日には屋敷で護身術など身を守る術をみにつけるべく体をいじめたし、毒の耐性が付くようにと王城では毒入りの食事が用意され血反吐を吐いた。


 何度逃げたいと思っただろう。何度辞めたいと思っただろう。それでも辞めると言わなかったのは家族が自分と違うところで頑張ってる背中を見ていたからだ。家族に失望されたくないという思いが始まりだった。誇り高い彼らの重荷にだけはなりたくなかった。それがやがて矜持となるのに時間はかからなかった。


 大家族と言っても過言でない環境で、兄弟が一人、また一人と家を出るたびに末っ子のシェリーは寂しさが募った。それを埋めるように動物を飼った。ハムスターに小鳥といった小さな動物だったが十分と言い聞かせた。いなくなった兄弟に本当は聞いてほしかった胸の内を彼らにつぶやく。


 しかし、そんな彼らの寿命は短くて見送るのもつらくなって飼うのをやめた。それでも動物が大好きなシェリーは勉強することで知った。すぐそばに獣人の暮らす国があることを。


 もう心はそこにあった。長年かけて「婚約破棄される状況」を作り上げた。思っていたより時間がかかったがやっと旅立つことができるのだ。


 「ずっとがんばったね。もういいんだよ。」


 兄弟の誰かが言った。本当はみんな知っていたのかもしれない。誰よりも寂しがりだったシェリーがずっと隣国に夢見てたこと。彼女が初めて自分自身のために望んだ願いを。


 「やっとアニマ王国にいける・・・・・・。」


 これで願いが叶う。


 喜びがじわじわ胸に広がる。すぐにでも行きたい。もう立食のケーキとか目に入らない。旅の準備はしてある。明日にでも行こうではないか。もう枷はないのだから。


 「お取込み中失礼します。」


 明日にでも旅立つべく今のうちに挨拶をしておこうとシェリーが口を開きかけたとき、ふいにアルトの上質な声が耳をくすぐる。ぞくりと顎のあたりが引きつったのにその声は麻薬のように耳に優しい。


 「アニマに旅立ちたいと耳に入りました。強きお嬢さん、よろしければ私がお連れしましょう。」


 小向の稲穂のような色をした長いふさふさを首の後ろで束ねた髪のてっぺんには丸い二つの耳。真昼の空を思うような澄んだ青い目。警戒心や悪意がないことを示すようにゆらゆらとゆっくり揺れるしっぽは好意の現れ。


 「獣人さん・・・・・・?」


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