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第15話 敵わずに叶える

「待ちますが、一日も早くアイドルになってほしいです。他の誰かのものにならないように」


 ソンリェンは名残惜しげに、本当にしぶしぶといったふうに手を離す。


 アイドルになるなら「好き」は封印しておかないといけない。デビューするまでも、してからも。

 なのにばかみたいに何日も何日も考えた。ソンリェンはシウが好きなのか。シウも彼を好きなのか。どう応えて、どう動くべきか。


「アイドルになってほしい」だけなら、まだ話は早かったのだが。


「リェニがキスなんかするからややこしくなったんだよ」

「ヒョンがはじめからおれを好きみたいなこと言ったのが先です」

「うううん?」

「ともあれ、おれも誰かのものにはならないでいますし、それをもったいないとは思いません」


 精一杯の恨み言を、冴えわたる笑顔で返されて理解する。

 この子――両立する気だ。夢も恋も。

 普通は諦めてしまうことを、軽やかにやってのける。そういうところが、本当に。


「やっぱりきみのことちょっと嫌いかも」

「うぁ。……いや、いいのか? 特別嫌いな人間も他にいないなら」


 などとぶつぶつ言うのを聞いて、やっと少し胸がすいた。




 漢江公園からの帰りしなに買っていた豚肉で、サムギョプサルをつくることにした。ステージを駆け回った練習生を空腹のまま寝かせるわけにはいかない。


 先月よりずいぶん床が見えているのに、むしろ先月より近い距離で立て膝になる。

 大家さんが貸してくれたホットプレートがじゅうじゅう音を立てる。焼けた肉をせっせとソンリェンの取り皿に置いていたシウは、低めの声で切り出した。


「ちょっと気になったんだけど」

「はい」

「リェニは韓国に来る前、彼女も彼氏もいたことあるの?」


 好きになった人が女のときもあれば……という話が、今になって思い出されたのだ。

 尖った小さな顎をめいっぱい下げて肉を頬張ったソンリェンの答えは、「もくひます」。

 ふむ、嘘を吐くのが下手だ。


「それより、宿舎のお部屋のおれの私物、半分に減らしておきます」

「僕と二段ベッド決定みたいに言うねえ。事務所出戻りは難しいと思うよ?」

「いぃ!?」


 声が大きい。本気でシウの練習生復帰を信じているから憎めない。

 ただ、そう簡単にはいくまい。

 ひとまず、シウを買ってくれていた元YKミュージック社員のいる事務所に連絡してみようと思う。また選ばれないかもしれないけれど。

 シウの時間が、再び動き出した。

 状況も、関係も、変わっていく。


「あと、もう僕に対して敬語やめない? 事務所の先輩後輩じゃないんだし」

「……。一回だけやめてましたよ」


 ソンリェンは切れ長の瞳を細める。

 シウの「いつ?」という驚きは受け流し、にくの最後のひと切れをごくんと呑み込んだ。



 元後輩の訪問時はいつも、食べ終わったら絵の時間である。でも今夜は、キムマネージャーが心配のあまり家に帰れないと困るので、お預けにした。

 後は靴を履くだけのソンリェンが、なぜかぐずぐずしている。


「今日はカトク交換しないことにしたよね? マネージャーに何か言われないように」

「はい。いえ。あの。前回は出来心で預かったおへそピアス、ヒョンの代わりにお持ち帰らせてください」


 しれっと白状した。ピアスを「預かった」と。やはりシウが宿舎に忘れたのではなかったのだ。


 シウが事務所に捨て置いてきたのは、もっと別のもの。それがこんなふうに返ってくるなんて――。


 雨粒型のフェイクストーンつきピアスは、無意識にかまだゴミ袋に放り込んではいなかった。

 持ってきて手渡してやると、ソンリェンはそれを蛍光灯に翳してきらめかせてから、うやうやしく握り込む。

 シウとの約束の代わりみたいに。


「また会いに来ます」

「うん。うん!?」


 約束はよいのだが、シウの制止も聞かずサッと窓から飛び降りた。まるで突風だ。

 美しいだけでなく頑丈な骨でもって問題なく着地したことを報告しようとか、隣のアパートとの間の路地でステップを踏んでみせる。


(はあ。君にはかなわないよ、本当に)


 シウは苦笑いしつつも「気をつけてお帰り」と口の形で伝え、顔の横で指先を舞わせた。 

 ソンリェンと踊るみたいに。



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