シウはまたしても言葉に詰まった。
アイドルを褒めるとき、「華がある」とよく使う。才能とも違う、だがデビューの可否を分かちすらする、生まれながらに人を惹きつける力。
その正体が、「誰かを好きな気持ち」だというのか?
ソンリェンはアイドルを「世界を創る存在」と定義した。
シウは「世界を愛す存在」だと思う。ただ歌い踊るにとどまらず、世界中の人間に愛され、愛を与える。
その愛の源泉が満ちて、アイドルは完成する――ソンリェンの説と矛盾していない。
(でも、アイドルも練習生も恋愛禁止だ。リェニだってそう。なんで?)
また揺らぎ始める。揺さぶらないでほしい。揺れたくない。
なのに、腕を組んで唸るシウに、ソンリェンが畳み掛けてくる。
「それと、ヒョンは『アイドルになるんだから』とも言いました。ヒョンが忘れてもおれがぜんぶ憶えてますよ。いつ戻ってきますか?」
「? アイドルになるのはきみだけど」
ぱちぱちと目を瞬かせる。ソンリェンがみるみる萎れた。
どうやら再訪の約束ともうひとつ、行き違いがあったようだ。
ソンリェンは、嫌われて一緒に踊ってもらえないかもという懸念が吹き飛んだら、早くも次の言質を振りかざしてきた。だが、主語が違う。
――アイドルになるんだから。
シウも憶えている。この呪文のような一言で、ソンリェンの告白を封じようとした。
ーーきみはアイドルになるんだから、アイドルは恋愛禁止だから、きみの気持ちには応えられない。
でも、すっきり終わりにできなかった。
満ちそうな未知。まだ誰も触れたことのない源泉。ほのかな可能性。
雨が時をかけて地に染み込み、泉となり、その畔で風が舞う……そんな白昼夢が小さな部屋を彩る。波立つのは泉の水面か、それともシウの気持ちか。
ベッドがぎしりと鳴って、白昼夢は弾けた。
ソンリェンが、仕切り直そうと座り直したのだ。さっきより五センチ近くに。
「おれの骨に絵を描いて、どう感じましたか」
今度はその方向から紐解こうというのか。
ここまできたら、とことん付き合おう。シウももう少しで何か掴めそうだ。
「バチッと踊れたときに似てるかな」
「他には?」
内の内まで見透かさんとばかりに、ソンリェンがシウの非対称な眼を覗き込む。
骨に絵を描くことは、ソンリェンがもたらした嗜みだ。
シウは顎に手を当て、筆を走らせる感覚を喚び起こした。美しい骨への感嘆、創作意欲、そして――甘く痺れるような背徳がよみがえった途端、耳が燃えるくらい熱くなる。
(そっちこそ、描かれてどう思ってたんだ!)
非難を声には出していない。ただ答えを待ちきれなかったのだろう、ソンリェンが口を開く。
「おれは、おれを好きになってもらいたかったんです」
「へ、」
「おれをと言うか、人間を。もとはヒョンを諦められなくて会いに来たんですが、アイドルに向いてないとか意味のわからないことを言うから。その理由が『人間を好きじゃない』なら、人間を好きになれば、また練習生に戻ってくれると思ったんです」
シウを手に入れるために、シウを練習室に引き戻すために、まず人間を好きになってもらう。
何とも子どもじみた論理だ。真剣な声色との落差がいっそ可笑しい。
「ヒョンは人間が創ったものは結構好きだから、望みはありました」
なんて思っていたら、子どもじみたゆえに鋭い追撃が飛んできて、はっとする。
映画も、ダンスも、小説も、すべて人間が創り出した世界だ。
しかし、気を引く方法はそれこそいろいろあるだろうに。
「それでなんで絵なのさ」
「だって、アイドルになってほしいからには、抱き締めたりキスしたりして好きになってもらうわけにはいかないじゃないですか。だからその代わりに絵をお願いしました。骨に絵を描くのって、愛撫みたいでしょう?」
シウは今日いちばん、いや十九年と四か月生きてきていちばん面食らった。
愛撫。毎回絵をねだったのは、気分転換ではなく、そんな意図があったとは――いや。
無自覚に同じように感じていた。絵を介してソンリェンに触れ、シウに触れさせ、重なり、絡ませ、味わい、愉しんだ。
少しのつもりで開けた箱を、もはや逆さまにしてガンガン振られている。
「別に人間が好きじゃない」を、「特に好きな人間はいなかった」に引っくり返さなければならないか?
一気にまくし立てたソンリェンが、ひと息吐いて天井を仰ぐ。
かと思うと、シウの髪を耳に掛け、真っ赤な耳朶に吹き込んできた。
「アイドルになってくれないなら、おれがヒョンを独り占めします」
究極の二択を迫られる。
ソンリェンの指先は熱い。最初にこの部屋を訪れたときも、今も。
彼自身、どちらか選べないでいるに違いない。
――シウだって。無様にも傷ついていないふりをしていたことを認めたにもかかわらず、ソンリェンと話すとまた、まだ揺さぶられる。アイドルの夢。ソンリェンへの気持ち。初めての感情。混ざり合ったまま絞り出す。
「さっきリェニのせいじゃないって言ったけど、」