神様が特注した骨を組み、ほんの少しだけ肉を乗せ、仕上げに削って砕いた心の欠片をまぶせば、ほうら、アイドルの出来上がり。
いいえ、
1
注文したチキンだと思い込んで、安アパートの玄関を開けたのが間違いだった。
蝶の前翅を彷彿とさせる切れ上がった眼が、わずか三十センチの距離に迫る。シウは反射的に一歩引いた。
早春の夜気を纏う訪問者は、身長百八十センチのシウよりさらに背が高い。
頭が小さく手脚が長く、黒のペディンベストにパーカー、デニムという組み合わせでも見映えがした。前下がりのさらさらとした黒髪が、眉骨から鼻にかけての立体感を強調している。
こんな骨格の配達員がそうそういてたまるか。
「
極めつけに張りのある声――やはり彼は、芸能事務所YKミュージックの練習生、ソンリェンだ。
たった三か月会わなかっただけで、蛹みたいに可愛い少年がすっかり青年になってしまったように見えて、シウは小さく唾を呑んだ。
「まだだよ。だからチキンを待ってたんだけど」
「あ、さっき配達のおじさんから受け取りました。おまけ付きで。……引っ越し先、ソウル市内だったんですね。意外と近かったんだ」
馴染みのチキン屋の袋を掲げたソンリェンの口元がゆるむ。
シウのほうは、どうも身の置き場がない。
ただでさえ髪は根元も染め直さずブリーチの傷みで跳ね放題、部屋着の白Tシャツもスウェットパンツもよれよれ、おまけに浮腫んで左眼の奥二重が消えている。
何より、事務所の人間と連絡を取るつもりはなかったから。
「それでどうしたのリェニ」
住所を突き止めた方法は不問にし、口早に用件を訊く。
ソンリェンは骨張った拳を突き出して、ゆっくり開いた。手のひらが
へそピアスだ。それも見覚えのある、雨粒型のフェイクストーンがついたもの。
「シウヒョンのお部屋、今おれが使ってて……見つけましたので。ヒョンのでしょう」
なんと、わざわざ忘れものを届けにきたらしい。
シウはかすかに首を傾げた。宿舎を出るとき、数少ない私物はすべてダンボール箱に放り込んだはず。
と言うか、もう二度と人前でへそを出す予定はないから、これは必要ない。
シウは昨年末、約三年間所属したYKミュージックから構想外を言い渡され、退社していた。
アイドルグループのメンバーとしてデビューする夢を諦めたのだ。
それでも、前途ある後輩に当たったりはしない。普段どおりのややハスキーな声で礼を言う。
「ありがと。レッスンで忙しいんだから、社員さんに言って送ってもらえばよかったのに」
まあ、このアパートの住所は事務所の誰にも教えていないけれど。
シウは目を伏せたままピアスを受け取り、ソンリェンを穏便に帰らせようとした。
だが、するりと手首を掴まれる。屋外にいた割に妙に熱い。
「手、」
「あと、成人したら一緒にお酒飲もうって御約束しましたよね?」
ソンリェンは空いているほうの手を、パーカーの前ポケットに突っ込んだ。
ぬっと薄緑色の瓶が現れる。国民酒の
「お腹に何仕込んでるのさ」
「
上目遣いで訴えてくる。相変わらず距離が近い。それで直接訪ねてきたわけか。
ソンリェンは、一月生まれのシウと二か月しか歳が変わらない。
なのに律儀に敬語を使い続けるのは、事務所の入社日が二年違うのと、中国でキャスティングされ来韓したはよいが日常会話もままならない彼を何かと助けてあげたのが大きいだろう。
何となく入社直後の自分と重ねたに過ぎないのだけれど。
「そっか、先週か。そんな約束も……したねえ」
韓国語の練習になればと、よく食べ物の話をした。美味しいものはレッスンに明け暮れる日々の貴重な癒しであり、意図せず文化や政治の違いが浮かび上がり気まずくなることもない。
お互い成人したら社員さんに秘密で乾杯しようか、なんて軽口を交わしたのをぼんやり思い出す。
もっともソンリェンはすぐ練習生の輪に馴染んだので、とっくに忘れていたかと思いきや。
「はい、しました。てことでお邪魔します」
約束と言われてシウが無下にできないでいるうちに、一歩踏み出してきた。
食欲を誘うチキンの匂いとともに、古びたワンルームに上がり込む。「待て」できなくなった犬のごとくきょろきょろ周りを見回す。
濃紺の壁紙、正面に板を渡したデスク。右手に備えつけの木造ベッド、左手にシャワーユニットとランドリーミニキッチンを詰め込んだ、テトリスみたいな部屋。
「宿舎の個人スペースより少し広いけど散らかってますね。このお洋服何日落ちてるんです?」
「ちょっと待って、片づけるからっ」
「こうすればいいじゃないですか」
一、二日着たのみでまだ着られる服のストック、紙屑や乾いて固まった筆、埃を被った充電器、空きペットボトルやらを、長い脚でぞんざいに掻き分けていく。
シウは情けない悲鳴を上げながら、犬改め侵略者ソンリェンの背を追った。