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第14話 認めた初恋

「きみに敵わないから夢が叶わないって思ったこともある」


 勢い込んで立ち上がる。

 たとえシウの代わりに選ばれた張本人でも彼の前では善き先輩でいたかったのが、もう止められない。


「でも嫌うよりずっと、きみに惹かれる気持ちが大きい」


 語尾が震える。この期に及んで善き先輩、なんて。


「きみのせいで諦めた、なのにきみのせいで諦められなくなった……!」


 愛する才能がないから諦めた後で、恋を知った。


 シウにとってソンリェンが単に「応援するアイドルの一人」だったら、画面越しに観るだけで済んだだろう。

 実際はそうじゃない。そうじゃなかった。


 ついに言ってしまった。でも半分くらいはソンリェンのせいだ。

 いくら感情が波立たないよう守ろうとしても、ソンリェンが侵略して、誘って、揺さぶってくる。


 そのソンリェンは、シウをじっと見上げて、花がほころぶように笑った。

 まるでずっと聞きたかった答えを聞けたみたいに。


「はい。諦めないでください」

「僕が諦めなくても、僕の代わりはいくらでもいるんだよ」

「いいえ、ダンス未経験からデビュー組に入ったのはこの三年間でおれとヒョンの二人きりです。し、おれにヒョンの代わりなんて務まりませんよ。おれはシウヒョンにしかない魔力がわかります。ヒョンの世界は静かで昏くてぞっとする、でも気高く涯てがなくて溺れたくなります」


 ソンリェンが真剣に、かつうっとりと言う。


「それ褒めてる?」

「とても。ヒョンはもともと、その中の人間ひとりひとりはともかく、世界を愛していると思います。そうでなければあんなダンスにはなりません」

「僕が、愛……」


 あまりにも結びつかず、おうむ返しすらできない。

 シウをそんなふうに評したのは、ソンリェンが初めてだ。トレーナーに褒められたこと自体はなくはないけれど。

 褒められても、褒められなくても、ずっと踊っていた。


 別に人間は好きじゃない。でも決して嫌いなわけでもない。

 距離を取っていたのは、感情が波打つのが怖かったから。一方で、怖くても、それでも、


「確かに、アイドルになって世界を愛してみたかったから頑張れてたのかも」

「今のシウヒョンならなれます、アイドル愛する人に」


 ソンリェンが当然のように言いきった。

 端正な顔に浮かぶのは、共犯者じみた悪戯っぽい笑み。

 シウに、アイドルを選ばせた。


 まったく、この同い年の後輩は。

 呆れつつ、シウも思わせぶりに笑い返す。

 引っくり返した箱はそのまま蓋代わりにして、沈めておこう。

 この答えが正解かわからないけれど、正解にすることはできるかもしれないから。


「おれは、ヒョンの初めての特別な人間になれたら嬉しいですが。アイドルを夢見なければヒョンにも出会えなかったので、それが叶う日をしばらく待つことにします」

「……うん。て言うかさっきの忘れて」


 ソンリェンは、シウの独占のほうは当面叶わなくなったのにがっかりする様子はない。

 シウはというと、感情を露わにした自己嫌悪が時間差でふくらんできた。顔を覆ってしゃがみ込む。


 三秒後、かすかに衣擦れの音がした。

 指の隙間から窺えば――極上の骨が目の前にある。


「忘れませんが、お元気になってください」


 元気づけるためにTシャツを脱ぐとは、見せつけてくれる。まあシウも目線はしっかり骨に固定しているけれど。

 これ以上の骨は、きっとない。


 ソンリェンはシンクから、絵の具が半分流れたパレットを持ち上げた。

 シウに絵を描いてもらおうとか、水切り棚のプラコップも取る。片手で水を汲もうとして、


「あぃやや」


 盛大にぶちまけた。レバーハンドルを操作する力加減を誤ったらしい。


 シウは「もー」と駆け寄りながらも、たしなめきれない。コップから跳ねた水滴を浴びたソンリェンがきらめいて見えて仕方ないから。


「おれに選ばれて気分がいいでしょう? ヒョン」

「はいはい、言ってな」


 諦めることを、諦めた。また傷つくかもしれなくても、それさえきらめきの一部になるのなら。

 短く息を吐いて、自分も顔に掛かった水滴を拭おうとTシャツの裾を捲る。


 途端、ソンリェンが無言でシウの両脇腹を掴んだ。大きな手でむんずと。悩ましげに眉を寄せる。

 シウは無防備だったのは棚に上げ、わたわたと当惑した。


「待って、待つって言ったよね、ねえ」





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