―――その場三人の嗚咽が止むまでかなりの時間を要した。
やがて落ち着きを取り戻して行くと、
深い安堵の溜め息と共に天を仰ぎながら、あの時の神の声―――死の覚悟と引き換え――――の事を思い返し感謝の祈りを捧げた。
……神様……ありがとうございます。本当に、本当に、ありがとうございました。俺はもう……思い残すことは……有りません……
<< 願いは叶えた。約束は守って貰う >>
頭中にそのように感じる何かが響いた。
……はい。ただ、せめて妹が悲しまないようにお願いします……
<< 良かろう。覚悟するが良い >>
深い安堵の嘆息と共に横に眼を移す。
隣に座る
彼の混じり気のない慈愛の眼差しは極自然に辞世の観念へと移ろい行く。
そしてその端整な顔に静かな笑みを湛えさせた。
そんな
記憶も戻った事でどうして歩ける様になったか、自分なりの説明をし始めた。
――――生まれ出る前の父親から繰り返された怒号、そして母への暴力。
激しい恐怖と苦痛に屈せぬよう怒りと怨恨で心ならず抵抗し続けた母の激情。
更に出生間もない中、異常な罵声と共に浴びた熱いお茶と氷嚢による火傷の処置。それに拠る生死をさ迷うほどの凍てつき。
この世に生を受ける前後のそうした出来事に『自分は生まれて来てはいけない在存・恨み続けねばならない存在』として擦り込まれてしまった、と。
そしてあの連続夢はそのトラウマが潜在意識に与えたイメージの権化であり、恐怖の正体。
「最後に見た不思議な夢でハッキリしたの」
「不思議な夢?……」
「うん。……赤ちゃんの私が感じてしまった『生まれて来てごめんなさい』 ……そして図らずも植え付けられたこの世全てへの殺意を誰にも向けたくなくて、幼い頃から無意識に『恨みたくないから消えたい』 と。……きっとそれが私を悩ませ続けた正体だったの……」
その自分の根っ子にある業が、あのコンビニ暴力事件の恐怖とショックにより表面化、あらゆる自己否定の反応が表に出たのだろうと。
「入院中に主治医の先生に言われてたの。私には解離性障害と、僅かに統合失調症らしきものも見られたって」
それが例の暴行事件での心身へのショックにより、更なる心理的ダメージから逃れるための分離症の様な状態やら記憶障害やらを助長させ、延いては脳機能や体機能までこじらせて動けなくなってしまったのだろうと語った。
「なんかね、もう駄目だと思ったとき、急にお兄ちゃんの匂いを感じたの……そしたら色々思い出し始めて……」
「あ、そっか、これか……、そのシャツ、大事に握りしめてたから、顔の近くに置いたんだ。
……嗅ぎ癖が最後の命綱になったなんて……。クス。何が幸いするか分からないな……。
「でね、そこから記憶をたどって……大切な人達から与えてもらった事とかを思い出して……恐怖を打ち消せた……不思議な夢の中で、最後に自分も赦せた……
きっともう、私は――――解放された……」
「本当によかった……俺は戻って来てくれただけでも嬉しいのに……」
「ありがとう……もうこれからは大丈夫。けど、こんなに嬉し泣きしたの……初めて……」
まだ目は真っ赤になっている。そして鼻声のままだ。
「無理せず、休んで……」
「うん。 ……私ね、記憶、全部思い出したの。それに事件の後の事も全部覚えてる。……だから謝りたいの……」
「ん?……何を?」
「もう二度と遠ざけないって誓ったのに……」
「ああ、うん。本当に辛かったけど、
「それでも本当に、ごめんなさい……」
そして少しうつむき加減でためらいながら勇気を振り絞って切り出した。
「……だからあの時、偽ってしまった事、やり直したい……その……えっと……」
「ん?……」
「ま、また付き合って、いや、今度こそ恋人に……してもらえますかっ?」
一瞬で晴れやかな顔になった
「! ――ああ俺も……やっと言える。あのままかと死ぬほど後悔したんだ。でも今なら言える」
もう二度と
「―――好きだよ……本当に、世界一大好きだよ! 澄美怜!! 」
あぁ!!
……その一言を、ただひたすら貰いたくて……どれだけ今まで足掻いて来たんだろう……
その一瞬で、あれほど泣いたのに再び瞳が満水状態だ。頭の中は真っ白で痺れるほど上気し、全身震えが止まらない。また引き
「う、嬉しい……嬉し過ぎて死んじゃいそう……んくっ、私も大好きです……心から……愛してます」
止まらぬ涙のまま再び抱擁し、口づけした。ようやくこれで本当に結ばれたんだと思った。
その抱擁も口づけも、それまでのものと比較にならない幸福感をもたらした。
そしてそれ迄ずっと握りしめていたあのシャツは今、