ああ、今朝は遂に指先も動かない。
あと残ってるのは目の動きと瞬き位だ。それも時間の問題かな……
そしてもし完全な植物状態になるのなら、MRIの反応からすると思考も出来ない状態だろうってネットに書いてあった。
何かを思う事さえ出来なくなる……つまりそれは自分が消えるって事だ。ある意味望んでた事。
ああ、実際思考も段々鈍ってきた。
あと少し、もう少しこの苦しみに堪えたらもう何も考えなくていいんだね。
―――最期に何を考えよう。幸せな事がいいな。
そう、1つだけ……感情以外も思い出せたあれがいい。『死ぬ程好きだ』と思った瞬間の抱擁と幸福感。
日記では最初の告白をする少し前に、抑えきれなくなった不安を鎮めて貰いに行って、強く抱き締められた時の……そう、あれは……
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『私はこの人をずっと慕って来て……失ったら消えたくなる程に……好きだったんだ……』
そう思えた刹那、この抱擁した感触を絶対に忘れたくない、と全神経を集中してその感覚を体に刻みつけた。
―――生涯の記憶に、そして生きた証とする為に
「
「もう少し。―――1回は1回」
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あれは本当に暖かくて最高の思い出だ。あ―、超幸せだったなぁー。
ホッコリ、と心の中だけ微笑んでいた。それを何度も噛み締める
もう一度出来たらな……未練がましいよね。本来ならあの人を助けて死ねる事はきっと本望な筈……。 これだけは思い出せたのもきっとご褒美なんだ。
ああ、ご褒美と言うならいっそ呼吸まで止まってしまえば、もうお兄ちゃんを苦しめる可能性が完全に無くなるのにな。今は自害すら出来ない……。
『スミレ……』
母の声がしたような。
―――澄美怜。
澄んだ美しい心で祈りを棒ぐ
……お母さんが地獄の中で必死な想いでつけてくれた名前。
例え私の消えない憎悪の念がお母さん由来だったとしても……そして消えたい衝動や悪い夢が死んだお父さんが原因だったとしても……
恨んでない。
だって皆、大切な何かを守りたくて必死だっただけ。そしてそのお陰で普通では絶対に手に入らないほどの愛や思い遣りを捧げて貰えたのだから。
お兄さん……
お姉さん……
親友も出来た。
そして……最高の妹。
それだけは感謝しないと……。
そうだ、最期はこの幸福感と共に祈ろう。
『どうか皆さん、悲しまずに、健やかに過ごして下さい。特にお兄ちゃん 。
どうか、私の分も幸せになって下さい。私が消えてもいつ迄も塞がないで下さい。日記の中にある、つきまとってばかりの励ましカマッテちゃんはもういないから、ちょっと心配です。
だからどうか1秒でも悲しみが短くなります様に……。
まあそれもいつか
その祈りは澄美怜らしい実にささやかで
感極まったその想いは形となって、何か現実の自分が涙を流せた様な気がした。
実際、最後に動けたのは涙腺だった。
『ああ、何かとても眠い。眠りと共に私は消えるのかな。最後があの夢だけは絶対やだな。夢は自由に選べないけど……見るなら最期は素敵な夢が……いい……な……』
―――― そして眠りについた。
**
澄美怜の予告通り、殆ど動かなくなってしまった体。友達に格下げされてからは約1ヶ月近くが経った今も
「他人になって下さい」
「最後まで苦しませないで」
「いままで……ありがとう」
あの言葉が脳裡に繰り返される。受け止めきれず、思わず首を振って天を仰ぐ。
深い溜め息と同時に壁の異変に気付く。
人生のパートナーを申し込んで以来、壁からこの子を見守って来たYシャツ。
今はハンガーだけがこれ見よがしに掛かっている。
「……」
それを見て、かつての後ろから肩に手をかけスンスンしてる妹の姿を思い出す。その妹も今はもう。
……本当に過去と決別したんだな…… と寂しげに肩を落とす。人形の様な寝顔を見つめて改めて思う。なんてキレイな顔なんだろうと。
―――刹那、その寝顔に一筋の涙がスッと落ちたのを見た。
ハッと気付き人差し指の背で涙を
もう1日以上目覚めていない。もうこのままずっと? そんな不安が募る。少しでも何かしてあげたいのに何も出来ない。毛布から少しだけ肩が出ている。
「かぜひいちゃうよ」
声をかけながら毛布をかけ直そうと少し持ち上げた瞬間、
「!!! ――――」
愕然と目を見開いた。
澄美怜の胸元であのYシャツが握りしめられていたのだ。
そう、それは兄への『他人宣言』の後の事。看病に来た蘭に頼んでそうしたもの。最期はそれに
「やっぱり本当はそういう事なんじゃないか! 他人で居ようとか、ふざけんな! クソッ、……こんな……こんな事あっていい訳ないだろっ!……」
為す術もなくむせび泣く。
『嫌だ! だめだ! こんなの絶対に……』
一気に思い出されるあの頃。
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『お兄ちゃんスマホ見過ぎ! ホラ、こんなに肩凝ってる。ちょっとほぐしてあげる』
そんな風にしていつも肩に手をおいて、さりげなくスンスン……
一気に思い出されるあの頃。
―――お兄ちゃんっ 朝食のスンデレ
―――お兄さん フロ場で背中を流してもらった
―――お兄ちゃん 筋トレの時も……話しするのが好きで
―――兄さん 苦しくてすがって来て熱く抱擁した時も
―――お兄ちゃん ひとり塞いでいる時も声掛け続けてくれた
―――お兄 拗ねてる時も愛らしく
―――兄さん 遠ざけ合って、抱き合って謝り合った時も。
ライバルに取られまいと邪魔する時も
車イスになろうが
記憶を失ってさえも…… それでも……
いつも俺だけを見ていてくれた。命までも賭けて。それなのにこの子の存在を大切に思うあまり、追い求めて焦がれていた一言を遂に一度もまともに伝えてあげられなかった……気持ちを……大事にしてあげられなかった。
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『でも、それを口にする覚悟までは無かった。確かに好き、嫌いという紙一重の感情とか、一時的な想いより深い愛の方が相手を思いやる気持ちとしては上回ることも多いかも知れない。
でも、その時々で本当に必要なものを与えるのが真の愛なら、
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……ああ、こんな事に成るんだったら、自分のこだわりなんか全部捨ててでも言ってやるべきだった!
「……好きだ……大好きだ……
しかしもう動かない。届く筈もない。