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第88話* 天国で “恋人にもなれる妹"を ~妹のままでいさせて





 ……でもここからは嘘。あなたの幸せの為に。


「もう人形……に……なる私……に……最……期の瞬……間……まで苦し……ませな……いで下……さ……い」


―――百合愛さんは、ああ言ってくれたけど、やはりこの人を解放する事だけが今の私に出来る精一杯の恩返し。

 そして私も解放されるの。偉業を成した死ならきっと無念より、それは解放に近いものなはず……


さようなら。楽しい思い出をありがとう。私はそれを抱えて心だけ自由になります……



「次に……会う……と……き……たぶ……喋れ……な……と思……だ……から……最後の……お願い……百合愛ゆりあ……さんを……大切に……してあげて……」


「……」


「コレで……他人……だ……ょ……もうあなた……の為……に戦う事……もない分……マシ……な人形……でも……いまま……ぁりが……と……ぅ。

 はぁ……はぁ……

 つか……れたか……もう……寝るね……」



「そんな……」



 家族もいないこんな場面が最後だなんてあり得る筈がない、と暫く放心状態になった深優人みゆと




 虚ろに響く時計の針音。


 深優人みゆとは肌寒さに気付きようやく動き出す。その薄暗くなった部屋の中、雨戸を閉めてから、「また来るよ」と言って部屋を後にした。




 心なしか安堵の表情の澄美怜すみれ。滑り込みで伝え切れた、と微かに嘆息しながら心の中でつぶやいた。


 ……もし人生をやり直せるならこんな人形じゃなくて、ただ普通に生きたかったな。勝手な事ばかり言って来たけど……


 今となっては恋人になれなくても良いから、神様にでもこう言いたい。単なる普通の妹でいいから……


“ 妹のままでいさせて ” ――――と。


 せめて兄の横でいつもただ微笑んでいる、そんなありふれたものでいい。妹なら死が分かつまでその関係は続けられるのだから。


 けど今は話しは別。人形になっても離れてくれないなら辛いけどこうするしかないんだよ。許してね、お兄ちゃん。


 そしていつか来世でまた会いたいです。どうか神様、その時はまた誰よりも優しかったこの人の元に、そして病もなく健やかなただの普通の妹にしてもらえますか―――


 ……でももし生まれ変わりが無かったら……うん、その方がいいな。そしたら星にでもなって見守ろうか。いや、見守るならお兄ちゃんの守護霊がいいな。それならずっと憑依していられるしね。


 そして百合愛ゆりあお姉ちゃんとの仲が全て上手くいく様にいざなってあげるよ。それでお兄ちゃんの最期までを幸せになるよう導いて添い遂げたら、そのご褒美に天国で “恋人にもなれる妹" っていう最高のポジションを神様に与えてもらうんだ……。


 天国なら永遠だよね。フフフ。そう思ったら少し気が晴れてきた。悲しくなんてない。

 だってあのとき覚悟したはず。さよならを言う時間を与えてもらっただけ。だから……みんな、本当に今までありがとう……。



 そんな事を考えていたら、事件後の第2の澄美怜すみれの短くも熱い日々が走馬灯の様に、次々と浮かび上がってきた。



―――入院先、記憶が欠けていて驚いたこと。半身動かずショックだった。そして車イス体験。


 むしろ団欒が増えて家族の伴が深まったこと。テニスが出来て喜んだこと。


 兄にあちこち連れて行ってもらい、たくさん二人きりデート出来たこと。最大のパートナーとして交際を申し込まれたこと。


 でも不随の拡大に気付き、敢えて妹になったり、友達になってもらったこと。



 ……壊れた私の人生はこの1年程度だったけど……一日一日がいつもギリギリ精一杯の燃える日々だったな。



 混濁していく意識の中、澄美怜すみれは軽く夢を見た。青黒き氷の拡大してゆく夢を。いつもの連続夢だ。少しずつ体を蝕む範囲が拡大し、今や顔以外は完全に覆われている。



 この所は身じろいで抵抗する事も無くなって来た。赤子の頃、親のトラブルから火傷を負い、氷漬けになった原体験がこうさせているのは日記から分かっていた。

 でも自分の体がいずれ動かなくなる事への暗示だとは思っても見なかった。結局これは本当に予知夢だったのだろうか。


 そしてこの悪夢は今や唯一残された顔へと、いよいよ拡大を進めてきた。



 さぁ、お別れだよ。



 ……でもこれで遂に出来たんだ……だってあの優しいお兄ちゃんが私を貶めてまで看病など出来ない筈。


 それか、あの遺書がちゃんと渡ったら、義理堅いあの人は誰より大切にしてた妹の最後のお願いを無視する事も出来ない筈。だからもう大丈夫。


 ……誇っていいんだ。


 そう、ここまで兄の幸せを優先して戦った妹なんか居ない。どんなラノべ・アニメ妹でさえも成し得なかった偉業を本当に私は叶えたんだから。


 きっと勝ったんだ。これは人生の勝利なんだよ……。

 誰より愛してくれたあの人にこの命を捧げて。しかもその無事を見届けさせて貰えて……

 誰にも知られる事のない真の妹伝説の成就と共に。


 あとはあの遺言の様に、どうか、声に出す程に泣いて下さい。


 それで全てが叶うのです。


 これまで本当にありがとう……


 お兄ちゃん……





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