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第87話 私の最後の……お願いを聴いて……もらえますか







 遺書を作り上げ、安堵の表情を浮かべる澄美怜すみれ


 これで良し。さあ、ここからが正念場……。

 諦めないあの人に引導を渡すべき時がきっと来る。


―――だからそのためにも泣かずに演じきるんだ……



「蘭ちゃん、私が確実に動かなくなったらこれを開封してほしい。そしてその内容を絶対に尊重して欲しいと私が言ってた……って、皆に伝えてね」



 **



 ……遺書はしたためた。でも万一蘭ちゃんがあれを渡し逃すとも限らない。


 入念に事を運ぶ澄美怜すみれ


 だから今は必ずあの人に引導を渡さないと……

 今日こそ言うんだ……


 今夜こそ……完全な決別を!



  *



 部屋での看病。


 あの決心から何度も言おうとしたものの、二人きりのチャンスが訪れず、また、体調を崩したり複数で世話されたりで機会を逸してきた。



  **



 そうして半月程も経ってしまった。その焦りから来るストレスもあってか、症状の進行が想像以上に早く、不随範囲がどんどん拡がっていた。


 今はかなり話し辛くなる所まで来てしまい、焦っていた。


 だがこの日の夕方、父はまだ仕事、蘭が熱を出して母と病院へ。遂に二人きりになれた。


 最後の引導を渡す覚悟の澄美怜すみれ

 しかし先に切り出したのは深優人みゆとだった。


「つらければ話さなくて良いから聞いてて欲しい」


 深優人みゆとも焦っていた。その進行の早さにどうしたら良いか戸惑っていた。

 せめて離されてしまった心の距離を取り戻したくて苦し紛れにこう言った。


「疲れて苦しいところすまない……けど、どうして友達じゃないといけないのか、どうも分からなくて……俺、スミレの傍に居たいんだ……」


 澄美怜すみれは途切れ途切れでしか喋れない今の自分が遺書の内容で説得するのは当然無理だと思っていた。

 故にこの状況で深優人みゆとに看病を手短かに断念させるにはもっと直接的な拒絶が必要だと。



――もう今しかない! 《ズキッ》




「やっぱりそれも……だめ…… 友達にも……なれない……」


「何でそんな!!……もう二度と遠ざけないって約束したのに……」


……確かに。……今なら分かる。蘇ってしまった記憶の……そう、気持ちの大きさ比べした日に誓った……でも、ゴメンね。 《ズキッ》



「それは……今の私は……知らない……」…… 《ズキッ》



「どうして? そこまでする理由は何?」


「苦しいの……居て欲しくないの……本当はこんな姿……見せたくなかった……私だって……こんなだけど……女の子……なんだよ」 《ズキッ》


 ……ゴメンね、今はお兄ちゃんの優しさにつけ込んで踏み込めないようにするしかないの。

 でもこの苦しみもお互いあと少し辛抱すれば……楽になれるはず。あとちょっとだから、一緒にがんばろ。 《ズキッ》



「でも……たのむ……」



―――痛いよ、お兄ちゃん……言うこときかない体よりも、ずっと胸が痛いよ……

 ずっと消えたがってた私が今こんなにも胸が痛むのは……きっと大罪を犯すから。そう、



 私を守るって言ってくれた約束を破らせてしまうのがつらい……


 ちゃんと生きてて欲しいと言われたのを叶えられないのがつらい……


 ちゃんと生きることを誓ったのに守らないのがつらい……




 これは全て約束の話。


 約束を誰よりも守って欲しがってた私が破る罪。それを許してもらおうなんて……これはその罰を受ける痛みなんだ。それでもやめる訳には……


「あの……私の最後の……お願いを聴いて……もらえますか……」


「……最後って」


「―――完全に……他人に……なって下さい」



 深優人みゆとはもう何が何だか分からなくなった。思い切り首を横に振った。




「俺は嫌だ! どんな姿だろうと君は最高に可愛い澄美怜だ! 恥じる事なんて無い!」


 深優人みゆとは何かの瀬戸際を感じて、今までに無い決意の表情となった。



―――何で! 何で分かってくれないの! ならもう本当の事を言う!


 澄美怜すみれは遂に隠し通そうとしていた自身の真実の姿を暴露する決断に踏み切った。



「私ね……実は……事件前の……あなたへの本当の……気持ちを……幾つか思い出した……の。そして、一つだけ……言わなかった事も。……それを初めて……言うね……」



 ……これは、日記にも書いてあった私の最大の隠し事。あなたの、そして家族皆の気が重くならない様に一度も言わなかった真実の話……



「長年、自棄の念……と闘ってた。……それは……知ってるはず……だけど……本当は……普段もずっと……そうだった……フザケて笑ってた時で……さえ……治まってる……フリしてた……苦しかった……んだよ」


―――案の定、深優人みゆとは激しくショックを受け眉をひそめた。




 ……あの明るく振る舞ってた日々でさえ、全て偽りだったと……?!




「でもそれを超……える愛を貰ったから……あなたの為に闘……い続けてた。どうにもならない……時だけ、力を貰ってた……でもこの体じゃ……キツすぎる。それ……でもそうやって……生きろと……?」


「そんな……俺は結局キミを苦しめただけだったの?……」


 ……そんな筈ない。それでもあなたのお陰で最高に幸せだったんだよ。それだけは嘘じゃない。


 ……でもここからは嘘。あなたの幸せの為に。






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