「だからね、このままもし植物状態にでもなれば、最悪誰も幸せになれなくなる。どうにか私を忘れてもらって…… 私はあの2人にこそ幸せになって欲しいと思ったの」
「そんなの悲し過ぎる。やだっ、絶対にやだよ!! 私にとってお姉ちゃんはただ一人の本当の姉妹なんでしょ。だったら私はお姉ちゃんの力になりたい。ねえ、少しでも調子が良くなりそうに感じた事とかなかった?」
「んー ……余り思い浮かばないかな。そうだ、氷の夢の影響か知らないけど私は冷えに弱いらしくて……
でもね、蘭ちゃんが小さい頃、見かねて湯タンポ作ってくれて、それで凄く助かって、それ以来調子悪そうな時には必ず作ってくれた、って日記に書いてあるの」
「うん。最近まで時々そうしてた。調子良くなるって喜んでくれたけど……あまりお腹で温度を感じられなくなって来たって聞いたときから……持って来るのが……」
「じゃあ、今度そんなだったら気にせずヨロシクね。それで直っちゃったりして。フフ。まだお腹の感覚は残ってる時も有るから、温かさを感じれるうちに」
じゃあいっぱい作るっ!! と悲壮な顔で力強く応える。
「ありがとう。さすが日記で褒めちぎってるだけの事ある良い妹だね。もっと思い出せたらいいのにな。でも今とても実感出来たよ」
その瞬間、思わず姉の胸に飛び込み大泣きに泣いた。ただただ繰り返しながら。
絶対イヤだ、 ―――と
絶対ウソだ、 ―――と。
だが思い出の実感の少ない今の
……ゴメンね、一緒に泣いてあげられなくて。ホントに良い妹だね。それに比べて私みたいなダメ妹じゃ絵にもならない。
そもそも私こそ『伝説の妹になってみせる』なんて日記に書いてあったのにね……
***
翌日、
壁に掛けた
……私にとってはこれからが勝負。伝説とか言ってても最期くらいキメないと妹アニメの実在モデルにもしてもらえないよね。
だからこうするしかない……
あのヒロインのオマ―ジュ……記憶の中で生きる為の……爪痕の遺書を……
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お人形からのお願い
私を苦しめて来た氷の連続夢、これを書いている今、その拡大の度合いと体の不自由さは完全に一致しながら拡がっています。
そしてずっと昔からその氷に閉ざされる事だけは理屈抜きに分かっていました。
これは運命だったのです。
そうして動かなくなった後の私は植物状態……。調べてみたら、その状態では意識すら無いのだと知りました。
だから何も考えることも出来なくなってしまったそれは
生きている様でいて生きてはいないのです。
一人の乙女としての願い。そんな体だけを残して欲しくない。だからこれだけは絶対に希望します。延命措置は一切とらないで。
そして最後に
夢の中で氷づけになった自分に残せる最後の幸せな思い出として、そして最高の妹として、旅立つ前に愛された実感を持って人生の幕を閉じたいのです。
その後は
覚えていますか? 『私達の大切な思い出』 と言って記憶のリハビリの時に見せてくれたあのアニメ。
その一つ、あの最高に感動したバイオリニストの『かをちゃん』の物語を。
不治の病の果てに残した……あの思いのたけ全てを詰め込んだ告白の遺書を。一緒に泣いて観ましたね。
私はあんな風に愛する人を想って、最高に想われて、全力で向き合って、全力で爪痕を残して……
兄の命を救った健気な妹として、魂の糧となって、風のように去っていきたい。そしてこんな体ではなく、あなたの記憶の中でだけ、キレイなままで生き続けたいのです。
そうすればきっと日記の中の私にも悔いを残させずに去っていける。
そう、日記に記されてた『どんなラノベ妹も到達出来なかった偉業を成し遂げて真の妹伝説を作ってみせる』ってご愛嬌で言ってた事は、きっとその頃の私の本心だから。
だからせめて私を思うなら望み通りにお願いします。今の私も過去の私も、それが一番の幸せなのです。
あなたは
私や
だから私があなたの糧になる。この状況を乗り越えて強くなって
あのアニメの男の子の様に、これを読んで大泣きして、そしてひと皮向けて強くなって下さい。
そうしてこそ私は望み続けていた伝説の妹になれるのです。
そしたら思い残す事などありません。
どうか、声に出す程に泣いて下さい。
そのあと私はあなたの記憶の中で生きていきます。
一つ、その前にお礼を言わせてね。
実は私、幾つか思い出せてた事があります。
来たるべき恋の結末への不安でどうにもならなくなって頼ってしまったとき、強く抱きしめ合った事。
それから、闇落ちから我を取り戻してくれて、自ら恋人を辞退したとき、気持ちの大きさ比べをした事。
それと、この世から去る決意をして告白へのリベンジをした日、本当の気持ちを教えてくれて泣きながらキスした事。
日記の中の
だからあの子に代わって言います。
「こんなにも大切な思い出をくれてありがとう」
そして今の私から。
お腹を壊したり、色んな酷い事を言ったり……醜い面も沢山見せてきたこんな私を最後まで失望させなかったこと。
希望通りに遊園地へ連れていってくれて、楽しませてくれて……。最高に幸せでした。だから、
「世界一幸せな妹にしてくれてありがとう」
最後に。
記憶喪失になってさえ忘れなかったほど好きでした。
心の底から好きでした。
そしてあなたに貰った愛は天国に行っても永遠に忘れません。
それではお別れです。
先に
さようなら。
澄美怜
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これで良し。さあ、ここからが正念場……。
諦めないあの人に引導を渡すべき時がきっと来る。
―――だからそのためにも泣かずに演じきるんだ……
プリンターから吐き出されたその紙切れ。見ないで封詰めするように蘭に頼む
「蘭ちゃん、私が確実に動かなくなったあと……それを開封してほしい。そしてその内容を絶対に尊重して欲しいと私が言ってた……って、皆に伝えてね」
俯いたまま受け取り、深いため息と共に背を向けて机へと運ぶ蘭。
その手紙が何を意味するか勘付いている。それを涙で濡らさぬよう、立ったまま背を正して腕先を伸ばし祈るように折り畳む。
止め処なく床へと滴る雫の音を咳払いで誤魔化すと、姉の想いを抱きしめるように静かに封へと滑り込ませた。