「ならせめてあなたを捨てない煉獄にしてあげて欲しい! そこには僅かでも光がある。温かい思い出だってある。それを糧にして生きて行ける。
だからせめてこれ以上遠ざけようとしないで。そんな事をしたら彼は自分を責めて……責め抜いて……きっと死んでしまう……
だってあの人は言わないけど私には分かるの……彼にも生来の闇があるって事……その為にどれだけ私達を大切にしてきたか……」
……あの人にも……闇がある……?
そんな風に考えた事も無かった
そして今、何故かその瞬間だけは思い出せた。
寸時固まり息が止まる
「百合愛さんはっ!……あなたこそ兄さんと幸せになってくれたら私は安心して人形にだってなれるのに! 私の事さえみんな忘れてくれたら…」
「そんな事、私達が出来ると思うのっ?! もしそうしたら……
瞳に涙を溜めながら声を張り上げた
その圧に圧倒された
―――沈黙が続く。
だが
「私もね、
その最中、あなたの中の『激しい何か』が周囲の全てを破壊する事から必死に私達を守ろうとしてくれてたって……私だけがこの『勘と疎通』で分かってた」
!!!……どうしてそれを?!
日記には誰にも話した事が無いって……
「そこまでしてくれてたあなたが愛おしかったし、私からもあなたを守りたかった。心が通じる
だからこそ、その背負った悲しみの何かを一緒に支えてあげたかった……。
―――だから私はあなたの話を半分信じない。
この不思議な力で、少しでも
……あなたの未来に……祈り続ける」
澄美怜はもう何も言い返せなかった。
……私をそこまで分かってたなんて……日記に書いてあった尋常でないくらい優しい私への接し方……そう言う事だったの……やっぱりすごい人……
「長くなってゴメンね。でも私の中の特殊な力が感じた事、どうしても伝えたくて……だからそれを最後にもう一度。いい? これだけは忘れないで」
「皆を守るために独り苦しんできた……あなたこそ報れるべき存在なのよ」
再び聖母のような眼差しに戻っていた。
「行くわね。ゆっくり休んでね」
そう言って静かに永遠園家を後にした。
***
脱け殻の様に固まっていた澄美怜。
私が……報われる?…… これから人と言えるかさえ分からなくなるというのに?
……なら……
しばらく考え込む
思い詰めた
これで全てを終わらせられる……
と一瞬幸福感に包まれる。一時的に悲しまれたとしても、その後忘れられて皆幸せに暮らすところを想像する――――
だがその逆しか見えてこなかった。
守ってやれなかった、と贖罪の念にかられ、心に十字架を背負い続けて生きて行く兄、そして家族、
その反対に、何十年たっても甲斐甲斐しく、慈愛の表情で動かなくなった自分に語りかける姿も。
生きる希望も、死ぬ希望すらも失くして―――
◆◇◆
更に不自由になってくる体。兄と同じくらい甲斐甲斐しく世話をしてくれる蘭がこの日、何か言いたげに着替えを手伝い終わると遂に口火を切った。
「ねえ、お姉ちゃんが妹を辞めるって聞いた。……お兄ちゃん、すごく悩んじゃって……私には何がどうなっているのかさっぱり分からなくて、お姉ちゃん、一体どうしてなの?」
心配そうにベッドの傍らから覗き込んでくる蘭。
「うん、それをちょうど話しておきたいって思ってたの。 私も日記を読んで知ったんだ。ちょっとショックかも知れないけど……ちゃんと話すから落ち着いて聞いてね」
そう言うと不安げに黙り込んだ妹に慈愛の目を向けおもむろに語り出す
「全ては日記に書かれてた。―――兄さんは父の子、そして私は母の子。最初のそれぞれのパートナーは病気で亡くなって、互いに残された者同士支え合って生きてきた。だから蘭ちゃんだけが2人の子。
先に知った私は兄さんにも義兄妹の真実を知ってもらって恋人としてパートナーになろうとした。でも兄さんは私の心の病を見守る方を優先して……
色々有ったみたいだけど、破局する事の無い兄妹でいる事を選んだみたいなの。
でも事件後の私はそれを知らず恋人である事を望んだり、辞退して妹である事を望んだり……
ただ、それさえも辞めたのは……そのうち私から皆に話すからまだ誰にも言わないで欲しいんだけど」
思わずゴクリ、と生唾を飲み込む音を立てた蘭。
「私、不随の範囲ががどんどん広がって来てるの。それも全身に。私の感覚では多分持ってあとひと月あるかどうか、そんな感じなの」
「……え?……うそ、嘘だよね……やだ、やだよそんなの……信じない……だって……今、こんなに元気に……うっ……」
ぶわっと噴き出した蘭の涙が止まらない。
「ありがとう。そんなに悲しんでくれて。ねえ、私っていい姉だったのかな?
「そんな事ないよぉ……うう……ふあぁぁぁ」