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第83話 全力で生きて、爪痕残して……あの人の糧となって






「だから、『友達』でならいいよ……会う頻度も減らしてもらって」


「もしっ!……もし拒むなら―――……友達にもならないからっ!」





 深優人みゆとは悩んだ挙げ句、条件を受け入れ、今は首の皮一枚で友人として関係を繋いだ。

 澄美怜すみれが負担として感じぬように、さりげなく、粘り強く。


 そこで以前澄美怜すみれが好きだったアニメ鑑賞を持ち掛けてみる事にした。

 案の定それは奏功した。記憶が欠落しても澄美怜すみれのアニメ好きは変わっていなかった。


 共に見るアニメは澄美怜すみれの荒んだ心を再び和ませた。そう、生粋のアニメ好きが澄美怜すみれの心を少し開かせた。


 そこで深優人みゆとはある不純な動機を思い付く。あの作品を見せようと。

 その作品は『S月は君の嘘』。感動泣きアニメランキングで常に上位を争う傑作の一つ。二人で涙を拭い合った思い出の作品。

 不遇のヒロインがどんなに厳しい状況に陥っても、最期の最期まで主人公にこだわり、関わり続けたその物語を再び観る事で、澄美怜すみれも兄を遠ざけること無く関わり続けて欲しい、そんな動機が隠されていた。


 記憶を飛ばした澄美怜すみれにとっては初視聴も同然。深優人みゆとから傑作と聞いてワクワクしながらオンデマンド再生を開始。




『ひぁ~、かをちゃん可愛いね~! それにヴァイオリンの演奏姿がメッチャ格好いい!』

『それに応えられるコーセー君のピアノも凄いよ』


 深優人みゆとはジン……と胸を熱くした。何時も澄美怜すみれから一緒に見ようと持ちかけられ、無理矢理見させられてたあの頃を思い出して。


『それにこの演奏の描写、ハンパない!』

『この頃のこの製作会社から過労死が発生したほど、皆頑張ってたらしいよ』


『コーセー君、トラウマに潰されそう……』

『それでもかをちゃんが居るから続いてる』



 夢中に画面に釘付けになる澄美怜すみれを横から慈愛の眼差しを向ける深優人みゆと

 あの頃、こんな風に語らいながら楽しく歓談しつつ見終わった頃には互いに作品のファンに。そして傷心の自分を救ってくれてた姿も脳裏に去来する。



『でも……かをちゃん、何か、病気で可哀そう』

『うん。でもちゃんと一所懸命生きようとしてる』


『えっ、えっ、……まさか、コーセー君、かをちゃんの期待に応えなきゃ!』

『ここはホントに乗り越えて欲しいね』



 あの頃のように時間を忘れてイッキ見でクライマックスに突入。



『こんな……美しいラストシーンなんて見たことない……でもそんな! そんな最期なんて……』


『でもね、俺はこの後のシーンが……本当に……もう……』


 ラストシーンにぐじゃぐじゃになりながら画面に食い入る二人―――ボリュームを上げる深優人みゆと。 ヒロインが声高らかに全視聴者の心を奪った、あのアニメ至上最高のカミングアウト。


<<―――後悔を天国に持ち込まないため、好き勝手やりました……好きです!……好きですっ!  好きですっっ! >>


『うくっ……で……でも……こんなの……』

 うあぁぁ―――― ……


 二人して泣いた。

 思いきり泣いた。


 そして澄美怜すみれは泣きながら思った。




―――この子は想いを伝えきった……全力で生きて、爪痕残して……あの人の糧となって……成長して貰えて……それが出来て


 これはきっと不幸だったんじゃない……




 **




―――悪戯いたずらに過ぎて行く日々。


 何かと部屋に寄っては友人として接する深優人みゆと。それも拒絶されない絶妙な距離感で。


 これなら……と心地よく会話する澄美怜すみれ。去った後、兄のシャツをぼぉっと見つめる。


 ……私はあの人の友達だ。それは肉親ではない事を意味する。だから一生の付き合いでなくとも良い、そう、これは縁故との決別宣言のつもりだった……はずなのに……


 友としても続く深優人みゆとの献身と優しさ……話しをすれば楽しくなってしまい、そして本能が嗅ぎ取る匂いは愛しさしか感じず……結局好きという感情が戻ってきてしまう。



 昨日も見た氷の悪夢。その氷結範囲は下半身からやがて全身に及んで行く。疑い様のない暗示を感じる澄美怜すみれ

 日記にもあった『いずれこの夢は正夢になる』という嘗て綴られた思い。その記憶が今の澄美怜すみれに完全に思い出されてしまった。



 ……これから遠ざけて行きたい時の『好き』という感情は、切なさ以外何の生産性もないじゃない!




 一人、部屋の中。ベッドの上でどんどん息苦しくなってくる。


 今日は左腕がもう殆んど動かなくなっていた。


 ……悲しいよ……泣きたいよ……助けてよ、兄さん、好きだよ……大好きなんだよ、その気持ちだけが消えてくれない……ずっとずっと一緒にいたいのに……


 どうして……どうして私ばっかりこんな目に合うの………?



 どうして……




    ……




       ……





『 ……どうしてなのよ――――っっ!! 』

 バシャアッ……





 投げつけたプラコップから壁床にバラ撒かれるお茶。嘲笑うかのような軽い音を立ててカラコロ転がっるプラコップ。


う……うぅ……


 心では泣いたものの、涙はこぼさなかった。それ以上何も考えられず、瞬きもせず10分以上微動だにしなかった。そして深く、どこまでも深く考えた。


 廊下では看病に立ち寄る蘭の姿。


 ……お姉ちゃん……


 ドアレバーに手をかけようとした間際、叫び声を耳にして固まっていた。

 気丈に振る舞う姉の本心を知り、余りの遣る瀬無さに声を殺して泣きながら引き返した。



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