やがて
こうした生活にも慣れて幸せな日が続いた。
しかし日々の微妙な変化から不随の拡大は気のせいではないと気付いてしまった。
……以前より早い拡大……このぺ―スだと妹としても居られなくなる。ガッカリさせたくない。
強ばる表情。少し動かし辛いと感じた部位はみるみると数日の内にほぼ動かすのが困難に。
……どこまで動かなくなってしまうのかな。先日医師にも相談したけど『分からない』ばかり……
そもそも原因が不明なんだから当然か。でももし更に悪化するなら、その時はどうやってこの関係を整理すれば……
ダメ、そんな考え!
それでもポジティブに!
幸せな妹像が何か―――。それを模索し出した
とは言え全快したのは感情だけ。記憶の断片化から戻らない澄美怜にとって妹生活は初体験に近かった。
今は妹を装った他人。―――恋人風味の義妹の方がまだ実情に近く思えていた。それ故に、
……少しでも幸せな妹になりきるために、なるべくリアルに以前の行動に近づけたいな。
日記にあるのはどちらかと言えば心の葛藤についてが殆どだった……。
そうだ! 蘭ちゃんに聞けばいいか。
*
「ねえ、蘭ちゃん、以前の私ってどうしてた? 日記に無い日常関連で何でも手がかりが欲しいの。ありのままの普段の姿を教えてくれないかな?」
「うん、お姉ちゃんの事ならなんでも知ってるから任せて。でもそもそも日記以外って言われても日記には何があるのかな……ちょっと見せてね」
日記に手を伸ばすと余りに鬼気迫る勢いで
『それはダメっっっっ!』
『ギャッ』
飛び跳ねてビクつく蘭が、『は、はいっ、ゴメンナサイ――!!」と怯える。
「あ、あはは~、イヤ、これはまたの機会にでも……ね」
「マジ怖かったぁ……なら、お姉ちゃんの良い所とかいっぱい言えるよ」
「それは別にいいの。出来ればお兄ちゃん関連って事で」
顎に手をやる蘭。斜め上をキョロリ。普段のありのままの姿でいいなら、と語り出す。
「んー例えばー、後ろに回り込んでスンスンしてフェロモンをゲット! とかはほぼ毎日やってたしー、筋トレ後のマッサージとか言ってやたらボディタッチでイチャついて……
そう! 消えたデ―タを前に送ったもので補う、って言い訳しながらパスワード解いてお兄ちゃんPC使ってたし」
「そ……そうなの?!……それダメでしょ!」
「それに片付いてるのに部屋掃除とか言って潜入して、そのままベッドでお昼寝をよくしてた。必ずうつ伏せで。あとお兄ちゃんの食器下げながら使ったカップに口つけたりー」
「キモ! どこの重い女……あなたのお姉さんってヘンタイだね」
「……。あとねー、成績優秀なのにやたら勉強教わりに行くとか、手相を見るとか言ってよく手をとって、ある事ない事占ってー、お揃いのマクラカバーを買ってきてある日入れ替…」
「ちょっと待ったーっ! それどこのストーカー?」
「はい、お姉ちゃんです」
「あなた、なかなかの危険人物だわ」
「いえ、それもお姉ちゃんかと」
「いや、知りすぎているという点でよ。まあ夜道に気をつけることね」
「そ、そんなー!」
これでもまだ口にできる範囲だなんて恐ろしくて言えないヨー。え?! 何でそんなに詳しいのかって? ここだけの話し、兄ストーキングで萌えてる姉をストーキングして萌えてました。テへ。
この姉にしてこの妹ありなのです。スミマセン、ヘンタイ姉妹なもので。
こうした蘭の協力と努力も相まってか、
「なんか最近の
そうして以前の兄妹関係に近付けたかの様に見えた。
……あの人との兄妹関係、きっとこんな風だったんだろうな……
恋の暴走が始まる前のような、穏やかで平和な時が過ぎて行く。
―――それから数日経って……
ポトリ……
落とす筈の無いカップを手から滑らせた。神妙な顔でグーパーする手を睨む。脂汗と共に鼓動が高鳴る。
妹になりきる努力を余所に、皮肉にも不随拡大のペースに加速を感じた。
……もしこれが確定路線ならこのままではマズイ。私が人形の様になれば見捨てる事を知らないお兄ちゃんは一生を棒に振る事になりかねない。
念のために生涯のパートナーを蹴ったつもりでいたけど………この選択でも……正しくなかった……?
今、澄美怜の一番恐れている事、それは不随範囲が全身に及ぶこと。最初は下半身よりも多少拡大する位に思っていたが、この数日、より広範囲に一時的な動きにくさを感じた。
これまでの推移ではそうした範囲はいずれ不随となってゆく。もしこのぺースなら自分はあとひと月持つのだろうか、と不安になる。もし全身に……と調べるほどに怖くなる。
――だがその着実な進行具合から、
……あの時、私はきっとこの人をどうしても守りたかったんだ。命を賭して。その上で今私が生き残っていられるのは、神様が一瞬でもその成果を―――お兄ちゃんの無事な姿を見せてくれようと……。
そしてきっと褒美としてこの幸せを叶えさせてくれた…… そう考えなければ、この不随の進行の早さはむごすぎる。だから良い方に考えるんだ……。
……でもどんなにそう思いたくても……私にこの先が無いならお兄ちゃんを苦しませる未来しか見えない。
もしそうなれば人生のパートナ―を蹴るという最大の嘘をついてまでこの道を選んだ意味がない! そんな末来なんて悲し過ぎる……
瞳にこみ上がるものをこらえた。余りに深い絆を思い出せてしまった分、必死に―――。
……どうせ嘘なら徹底的につき通して本当の事にする以外ない。私はもう一人でも大丈夫なんだと。
あの日私は更なる犠牲を強いるために命をかけた訳じゃないはず!!