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第36話 私の気持ちが兄さんに負けるなんてあり得ない





「うううっ……お……にい…ちゃん…………本当は……本当は……」


 その大きな瞳からポロポロと溢れ出す。


「つらかったぁ―――っ……うぐっ……はぅ……ううっ……」


 全身震えながら止め処なく涙が零れ落ちる。


「本当にごめん。もうあんな言い方……」


 暫くの間、一緒に抱きしめ合って泣いた。



  *



 やがて落ち着き、囁く様に言う。


「でも、ここずっとカッコ悪いとこ見せちまったな。絶対守るなんて言っときながら……」


「そんなコ卜無い。私のやり方が卑怯だった……」


「カッコは悪かっただろうけど、それだけ愛してるんだ。澄美怜すみれより……何倍も」


 ! ……ビリッと脳がしびれた。それは激しい喜びと愛憎の怒りによって。


「っ!……兄さんっ、ヤッパリ分かってない! 私の方が何倍も好きだし愛してる!」


「いや、そっちこそ分かってない! 俺より大きいハズがない!」


「ふふ。私の気持ちが兄さんに負けるなんてあり得ない。だって私は兄さんの為なら……」


―――死んだっていい。


 そう言いかけてやめた。言葉では何とでも言える。本気だからこそ、嘘くさく聞こえて欲しくなかった。

 そして何より常に消えたがっていた自分にはやはりこの方がしっくり思えたからだ。


―――生きたっていい。



「なぁ、俺たち……元通り、やれるか?」

「うん。出来るよう頑張る」


「俺、もっと言い方を気をつける。澄美怜も、もう二度と遠ざけたりしないか?」


「うん。もうしない。だからまた元通り、お願いします」


 兄さんも人間なんだ。私と同じで傷付くし、弱い所もある。それを私相手に普段見せないだけ。ここまで弱みを見せた出来事なんて……


―――百合愛ゆりあさんの時と……そして今回だけだ。


 あの時くらいに落ち込むなんて……でも兄さんにとって私って何なんだろう……


「ねえ、兄さん、私、何もしてあげられないのに、何で私を大事にするの?」


「実は昔……いや、何でもない……」


 深優人みゆとは前世の記憶を話かけるも、信じて貰えないだろうと踏んで押しとどめた。


「家族なら守るのは当たり前。ましてや俺以外救えないなら尚更。でも今はそれだけじゃない。たくさん貰ったんだ。俺が苦しい時、ずっと」


「たくさん?……ずっと……貰った?」


「確かに澄美怜は俺の様なハッキリと分かる癒やし効果とかを渡せる訳じゃない。でも根気強くあの手この手で俺の一番苦しい時を救ってくれようとしてた。

 俺と同じくらい、澄美怜はいつでも見ててくれてた。こんな関係を失いたくないと思うのは当たり前だろ」


―――再び脳がビリッとしびれた。うっ……と短い嗚咽がその愛らしい口から漏れた。


 ……私は少しは兄さんの役に立ててたんだ! ずっと励ましたかった事、見ててくれてた。マンガだのアニメだの、ウザイ構ってちゃんだの、不器用なやり方しか出来ない所も含めて全部分かっててくれてた……。


 ありがとう。こんなもに棒げてくれて。

 ああ……私は幸せ者だ……まあ恋愛以外でだけどね……


 まだこの先も出口の見えないトンネルだけど、今日ぶつけ合った『気持ちの大きさ比べ』を思い出せたなら、そう、きっと感謝しかないよ……。

 これを毎日思い出して生きて行ければきっと違うよね……兄さん………ううん、お兄ちゃん。


 澄美怜は今日の事を二度と忘れぬ様に苛烈に脳裏に刻んだ。この想いの大きさ比べを。

 そう、それこそ実際に脳がしびれる程の愛おしいやり取りをした事を。



 その日、部屋に戻った澄美怜すみれは今だかつてないほど深く眠れた。



  **



 そうしてあざみの叱責をきっかけとして兄とのすれ違いも消え、あれ以来頭の中でリフレインしていた言葉の凶器は氷解に至った。


 思った以上の自分への想いの大きさと兄へも与えられる役割を感じられた事が澄美怜の気持ちをポジティブに変化させた。


 そしてその兄妹愛の深さは、むしろ遠ざけ合いをした事で気付かせてくれた。想像以上の両想いだった――という事を。それが澄美怜を最悪の事態から寸前で立ち直らせた。


 お兄ちゃん、今は妹のままでいる代わりに、『世界一幸せな妹』 として最大限に兄フェロモンを回収させてもらうね。

 結局振り出しに戻った感じだけど、またお兄ちゃんと楽しく過ごせると思えば絶望などしているのも勿体無い。


 そう、私のポリシー『妹道』で。さあ、初心に帰って出来る事をやるのみ! どこ迄も妹の価値を上げ、可愛く想ってもらい、そんな兄のために尽くして幸せを願う。そして見返りにフェロモンをもらってしっかり循環しなきゃ!


 ああ、そう言えばこのところお兄ちゃんフェロモン不足だった。 今からまた憑依するか、ちょっとだけお兄ちゃんのベッドで癒されるか…… あ、また枕カバー入れ替えとこう……フフフ。



 一方、深優人みゆとはそんな澄美怜の復活振りに胸を撫で下ろしていた。こよなく愛する妹を今迄通り大切にして行ける。

 自分の大変な時、誰より支えようとしてくれた、このいじらしくも可愛い家族。それを失わずに居られる事を心底喜んでいた。


 そこで一つ、薊と映画の約束をしている事を敢えて正直に告げた。以前ならショックを受けぬ様に、そして阻止や無理矢理の告白に持ち込まれぬよう気を遣って伏せていたが、むしろ今は逆効果になると分かったからだ。


「……うん……正直、うらやましいし、諦め切れる訳じゃない……でももう狂ったりはしない。だから……行って来て……。それから……ちゃんと言ってくれて有り難う……」


 それはある意味で、二人はもう付き合う事を前提にしているのだと理解した澄美怜すみれ


 ぎこちない作り笑い。ツイッっと涙を落として容認する所が余りに痛々しいが、深優人みゆとも、『俺も……有り難う』と、辛そうな笑顔で応えた。


 だがそれでも一つ伏せていた事がある。

 兄妹愛という言葉を隠れミノにして。


 薊とのデート、それは澄美怜すみれへの秘めた想い―――澄美怜が兄を慕うよりもずっと『好き』だという気持ち―――を隠し それを断ち切る為のものだと云う事を。



 深優人みゆとは心で泣いていた。






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