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第35話 俺は恋人になる……





 尋常でない深優人の落ち込みを懸念して、その原因を作った澄美怜に勢い込んで捲し立て叱責する薊。


 それに対し力なく本音を語り出す澄美怜。





「私ね、実は告白したの。だけど恋愛感情を持つなって言われた」




 絶句して凝視する薊。虚ろに続ける澄美怜すみれ


「でもね、でも……くっ……それが出来ない自分は……もう、消えるしかないと思った」


 道端にポトリ、と涙を落とす。ハッと我に返るあざみ


「……そうやって迷惑掛けないつもりでこれ以上ないダメージ与えておいて! 逆な事やってるって気付かないの?! 」



―――大事な妹が死ぬくらいならボクも死ぬっ!




 再び脳裏に蘇る約束の日の深優人みゆとの叫び。



「 第一恋愛したらワガママも当然だよ。恋愛感情を持つなというのはやたら恋人関係を要求するなってだけでしょ、想うのは自由だよ!」


「!……」


「そんな風に決着つけられたと思うんだったら今の深優人みゆとを見てみなさいよ、あんなに苦しめて! 直視してあげてないのは一体誰っ?! 」


 ……違う。私は誰よりあの人を想うからこうしただけ……何も知らないで……そもそも……


「……あなたには報われない妹の気持ちなんて分からないんです」


「!…… バカーッ、話にならないっ!……そんなに深優人みゆとが大事じゃないなら、もう勝手にしなさいっっ!」


 薊はそう吐き捨てて走り去った。棒立ちの澄美怜すみれ


 ああ、もっともだ……私はバカだ……



  *



 その後も薊の言葉が胸にささり続け、兄の様子が気になって仕方ない澄美怜すみれ


―――もっと直視? 迷惑かけたくなくて、逆に迷惑かけてた……?

……大事じゃないなんて……あるわけないのに……


 ……誰より大切にしてくれた。……共に死ぬとまで言ってくれた。そしてずっと約束通り守り続けてくれた……


 あざみの叱咤があの恨みの感情に歯止めをかけていた。兄を裏切りたくない想いを再び呼び戻すかの様に。



  *



 その夜、おそるおそる兄の部屋を訪ねた。あの日から食事の時間をずらして極力顔が会わない様にしていた澄美怜すみれ


 ノックして静かにドアを開け、囁くように声をかけた。


「兄さん……」


 月明かりの薄暗い部屋の中でベッドの上にいる様だった。呼称が深刻度を物語っている。


 兄は鼻声で「電気つけるな」とポツリ。女々しい自分を見せたく無いのだろう。


 深優人みゆとは前世のトラウマを誰にも話していないが故に、こんな姿が誰にも理解される筈もないと思っている。そのため陰で自らの腑甲斐なさを―――大切な者を支えきれなかった自分を―――責め抜いて悲歎にくれていた。



 薄暗いまま静かに部屋へ入る澄美怜すみれ



「兄さん、私、間違えたのかな……」


 その質問は正気の時でなければ出来ないはず。そう捉えた深優人みゆとは逆に澄美怜すみれに問うた。


「……いや、何か俺の方が間違えてたのか? やって来たこと全て、無意味だったのか? (ただ、澄美怜の幸せだけを思ってきたのに……)」


「違う。……ただ、嫉妬して、恋心を拒まれて、居場所を失って、苦しさから逃れたくて、そのうち破壊衝動を抑えきれず消えてしまいたくて……つい兄さんを遠ざけてしまった。でもまさか兄さんがこんな風になるなんて思ってもみなかった……」


 深い溜め息をついた深優人みゆと。そして切り出した。


「……子供の頃の……『あの日の約束』……覚えてるか?」


 澄美怜すみれにとっての魂の約束。それは心の中心に常にある、それこそが澄美怜すみれの全て。


「忘れるはず無い。兄さんが壊れかけた私を助けてくれた……あのお陰で自棄の囚われから少し抜け出せた。ここに居ちゃいけないという強迫衝動にも少しは抗える様になった。……でも無謀な恋を兄さんから突き放されて……再び消えたくなってしまった」


「……俺は澄美怜すみれをパニック障害とかから守る事しか考えてなかった。澄美怜の気持ちを考えてなかった……君にとってそんなに大事だって知らず……こんなんで消えてしまったら約束の意味だって無いのに。

 だから……そんなに望むなら……どうしてもと言うなら……」


 顔を逸らしながら


「俺は恋人になる……」


 !! ……


 兄さん……私は図らずも自分を人質にしてまでこの人の意志を奪おうと……でもこの人は……きっと大切にしてたものを捨ててまでも私を……


 その瞬間、『ブワァァァ―――ッ』 と一気に闇が払われる感覚に陥り、思わず床へとへたり込む。


 黒い感情を抑え込む為に纏っていた自己消滅の衝動がその悪感情ごとみるみる融解していった。

 自らの変容に唖然とする澄美怜すみれ



「恋人でなら、また一緒にやれるか?」



 刹那、拒絶していた深優人みゆと特有の癒しの力が入り込んできて瞬く間に何時もの正気へと戻って行く。と同時にあり得ない悪い事をしてしまった、と自覚した。


 あまりの愚かさに失望し両手を床につき、泣き崩れ肩を震わせて言った。


「ごめんなさい……私、とんでもない事をしてた……私は……んくっ……まだ…」


―――とてもそんな資格ない……




「まだ……うぅ…… “ 妹のままでいさせて ” ……」




「……スミ……」


「……私……薊さんにも叱られた……兄さんの気持ち……もっと大事な事……相思相愛は今でも夢。でも、して来てくれたこと考えるべきだった。

 私の欲しかった形で無くても、そんなの関係ないくらい大きいものくれてた……分かってるはずなのに私………自分の事ばっかり……どうかバカな私を許して……」


「澄美怜……」


 ベッドを降りて近付く深優人みゆと。、薄暗闇の中、やさしく抱擁し合う。


「……俺は今回、遠ざけられて嫌というほど分かった。もっと別の言い方にしなきゃいけなかったって。されてみて初めて気付くなんて……

 澄美怜すみれのこと分かってたつもりで全然……俺こそバカだ。きっとあんな言い方されて……辛かったろ? 本当にごめんよ……」


「うううっ……お……にい…ちゃん…………本当は……本当は……」


 その大きな瞳からポロポロと溢れ出す。



「つらかったぁ―――っ……うぐっ……はぅ……ううっ……」









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